2015年8月27日木曜日

ベース・マガジン 2015年9月号特集「リッケンバッカーのすべて」

2015年8月19日に発売されたリットーミュージックの月刊誌Bass magazine(ベース・マガジン) に「個性と王道の両翼 リッケンバッカーのすべて」が掲載されています。
http://www.rittor-music.co.jp/magazine/bm/

カラー20ページの特集です。なにしろ現行品にはポール・マッカートニー使用器をイメージしたモデルが存在しないため、ビートルズ目線からすると寂しい内容です。ベースのモデルの変遷を紹介する記事でポール・マッカートニー使用器やVシリーズ、Cシリーズについて軽く記述している程度です。他は現行モデルの写真入り解説やリッケンバッカーを愛する日本人ミュージシャンの楽器レビューやインタビューが中心です。それら記事にもポール・マッカートニーの演奏について具体的に触れているものはありませんでした。
そんな中にあって、楽器製造工場での作業の様子、リッケンバッカーベースのメンテナンスのポイントを解説した2ページずつの記事は目を引きました。

2015年8月15日土曜日

ビートルズ シェイ・スタジアム公演から50周年

※2016年9月公開 映画『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years』 については→こちら

ビートルズがニューヨークのシェイ・スタジアムで当時世界最大規模のコンサートを行った1965年8月15日から50周年を迎えました。
高まるコンサート需要に手っ取り早く対応するために考案されたのは野球場でのコンサートでした。ニューヨーク・メッツの本拠地として前年にオープンしたシェイ・スタジアム(日本ではかつてシェア・スタジアムと発音することが多かった)に55,600人ともいわれる大観衆を集め、ビートルズの公演の一つのピークとなりました。以降ビートルズは球場でのコンサートが増えることになりますが、会場が大きくなれば自分自身の演奏は聞こえづらくなる一方歓声はさらに大きくなるわけで、ビートルズはフラストレーションを感じるようになったようです。ツアーからの引退を早めた原因の一つと言われています。

↓冒頭左の少女はメリル・ストリープ。シェイ・スタジアム公演の観客の一人だった(彼女が参加したのは1965年ではなく1966年同所での公演という説もあり)。
当時について語るメリル・ストリープ
 
 



シェイ・スタジアムは取り壊され現存しません。ビリー・ジョエルをホストとしたシェイ・スタジアム最後のコンサートが2008年7月16日と18日に開催されました。最終日のアンコールにポール・マッカートニーが飛び入り参加し、2曲披露しています。ポールはシェイ・スタジアムでの最初と最後のロックコンサートに出演したことになります。

2015年8月11日火曜日

1980年8月19日ジョン・レノンが弾き歌う映像が発掘される

ジョン・レノン生前最後のアルバムとなった「Double Fantasy」レコーディング中のスタジオでの映像が発掘されました。Cheap Trickのメンバーらによる演奏をバックにした同アルバム未収録バージョンの「I'm Losing You」を弾きながら歌っています。
映像と同じSardonyxのギターを持つジョン・レノン
追記:2015年8月19日ごろ、オノ・ヨーコからのクレームにより動画が削除されました。以下は他の人がコピーしたものです。


 この時期の映像が存在することはかねてから噂されていましたが、今回初めて証明されました。ところどころ、2009年にチープ・トリックがYouTubeで公開した同曲の映像を流用していますが、1980年8月19日らしきジョンの映像部分はこれまで未公開だったものです。

↓チープ・トリックが公開したバージョン

追記:このバージョンの音源は1998年に発売されたCD4枚組ボックスセット「John Lennon Anthology」で初公開されました。上記映像はそのプロモーションとして当時の録音メンバーが18年ぶりに再集結して撮影されたものです。この映像にこの曲を演奏するジョンが登場することが期待されていましたが叶いませんでした。

今回この映像を世界に共有したRevolver Records & VideoはニューヨークのコレクターズCDショップのようです。これまでにもビートルズに未公開映像を多く共有してきました。
今回のジョンの映像は手元ばかりで残念ですが、これはプロモーションビデオの素材用に収録されたものでジョンの顔を中心とした映像が別途存在すると考えるのが自然です。 今後も目が離せません。

2015年8月6日木曜日

アルバム「Help!」発売50周年「Another Girl」ベースTAB譜

今日はビートルズの5枚目のアルバム「Help!」(邦題:「4人はアイドル」)が発売されてから50周年です。
同アルバム収録「Another Girl」風ベースのタブ譜を共有します。 今年はポール・マッカートニー本人が同曲を日本武道館公演で世界初ライブ演奏した年でもあります。
http://www.kouchu.info/Bass24.pdf

ビートルズの主演映画2作目のサウンドトラックでもあるこのアルバムは映画同様、総天然色で天真爛漫なビートルズのアルバムの中でもとりわけ明るいものとなりました。ビートルズ初期時代の終わりを告げる打ち上げ花火のようでもあります。

この「Another Girl」のベースは一聴すると下図左のパターンで占められているように感じますが、実際は右のパターンも多いです。

2015年8月2日日曜日

ビートルズの妹分シラ・ブラック死去

リバプール出身の歌手/女優/タレントのシラ・ブラックが2015年8月1日滞在先のスペインで亡くなりました。72歳でした。

ビートルズがデビュー前後に出演していたキャヴァン・クラブで働いていたシラ・ブラックはジョン・レノンの紹介でブライアン・エプスタインがマネージャーとなり、ジョージ・マーティンがプロデュースして歌手としてデビューしました。デビュー曲はビートルズがデビュー前から演奏していたLennon-McCartney作の「The Love of Loved」です。つまりビートルズと同じスタッフでのデビューという好待遇でした。リバプール出身歌手ではビートルズに次ぐ成功を収めました。


その後、「It's For You」「Step Inside Love」2曲のレノン・マッカートニー曲が提供されました。他にも多くのビートルズナンバーをカバーしています。


他のビートルズのメンバーとも交流があり、ジョージ・ハリスンの楽曲をレコーディングしたりリンゴ・スターと共演したりしています。リンゴ・スターはビートルズ加入前からシラ・ブラックとステージで度々共演していました。

ポール・マッカートニーとリンゴ・スターはシラ・ブラックの訃報に接しコメントを発表しています。

“Such a shock to hear about Cilla's passing. She was a lovely girl who infected everyone with her great spirit. From first meeting her as a cloakroom girl at The Cavern in Liverpool to seeing her many times since, she always had a fun loving dignity that made her a great pleasure to be around. She had a fine distinctive voice and was always a bit of a laugh. It was a privilege to know her and to love her. – Paul McCartney.”

“I just heard the news Cilla Black has left us. She was a good friend. We will all miss her. Peace to Cilla, peace and love to the family. R&B. Xxx,”