2016年8月31日水曜日

ポール・マッカートニーが歌う「It's For You」のデモレコードが約240万円で落札される

ビートルズと同郷の女性シンガー、シラ・ブラック(2015年8月1日死去)にレノン&マッカートニー名義で提供された楽曲「It's For You」。同曲をポール・マッカートニーがデモとして歌った音源を収めたレコードがオークションに出品され18000ポンド(約240万円)で落札されました。落札者は不明です。
 Rare Lost Beatles Demo For It's For You Found! (Liverpool Beatles Auction)
その他のオークション出品物の落札結果


 同曲はシラ・ブラックのシングル曲として1964年7月31日にリリースされ、全英7位のヒットとなりました。

このオークション「Liverpool Beatles Memorabilia Auction」は2016年8月27日にリバプールのマシューストリートにある「The Beatles Shop」主催で行われました。この時期リバプールでは年に一度のビートルズ祭り「International Beatleweek」が開催されており、今年は甲虫楽団のまみこ☆が日本代表「THE HUKUSUKE」のドラマーとして演奏しました。

このデモレコードがシラ・ブラックの公演時に彼女のもとに届けられたというエピソードはシラ・ブラック本人が語っていましたが、レコードの現物の所在は不明でした。実際はその後にシラ・ブラックの弟が受け取って保管していたそうです。今回その息子(シラ・ブラックの甥)が父の遺品からいくつかのシラ・ブラックのデモレコードをThe Beatles Shopに持ち込んだことが発見のきっかけでした。そこで一枚一枚再生して吟味したところ、最後の一枚からポールの声が聴こえて来たそうです。その時の驚きはいかほどでしょうか。
ポール本人もこの音源は持っておらず、コピーをポールに渡すことでオークションへの出品に合意したそうです。

2016年8月29日月曜日

ビートルズ最後の公演から50年

2016年8月29日はビートルズ最後のコンサートとなったキャンドルスティック・パーク(サンフランシスコの野球場)公演50周年です。1969年1月30日のいわゆる「ルーフトップ・コンサート」こそ最後という見方もありますが、こちらは映画用の撮影/録音が公衆の面前で行われたというのが実情なので、キャンドルスティック・パーク公演はやはり重要です。

2016年8月29日に公開された公式映像↓

ビートルズ、最後のライヴ(ローリングストーン日本版)

今日が最後の公演であることは事前にもステージ上でも明かされませんでした。当の本人達は自覚していたようで、憑き物が落ちたようにサバサバとしています。ジョン・レノンとポール・マッカートニーはステージ上にカメラを持ち込みました。記念撮影ということでしょう。
ステージの途中でリンゴ・スターもドラムセットから降りて来て4人で観客を背景に集合写真を撮ったとも言われていますが、その写真の存在は確認されていないようです。

ポールは広報担当のトニー・バーロウ(2016年5月14日死去)に頼んで公演を録音させたそうです。残念ながら最後の曲Long Tall Sallyの途中でテープが尽きてしまいました。この音源はその後流出しています。

このテープのオリジナルはポールに渡され、コピーをトニー・バーロウが所持していたとのことですが、今年のインタビューでポールはこのテープを聞いたことが無いと発言しています。

ポール・マッカートニーが語るライヴ前のサウンドチェック・ショー:「これはマッカートニー族の儀式だ」(ローリングストーン)

来月公開される映画『ザ・ビートルズ〜EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years』にこの音源は使用されていないのでしょうか。さすがにそれは無いと思いますが・・・。前述の音源の流出元は不明ですが、この様子だとポールに渡ったはずのテープかもしれません。
ビートルズがツアーを辞めた理由は諸説ありますが、1966年に立て続けに起きた以下のようなことが引き金になったと言われています。
  • 会場の巨大化に追従できない貧弱なPA環境、さらに観客の歓声により自分達の演奏が聴こえない(これは以前から)
  • 日本公演では行儀良い聴衆のせいで例外的に自分達の演奏が聴こえその出来の悪さに愕然とした
  • フィリピンではイメルダ大統領夫人の食事会を意図せずすっぽかすことになり命からがら国外脱出
  • ジョンの「ビートルズはキリストより有名」発言をきっかけにビートルズ排斥活動が過熱化。公演中に爆竹が投げ込まれる事件が発生
  • 最後の北米ツアーのチケットの売れ行きが芳しくない(前述の発言も影響)
  • 最後の北米ツアーに先立って発売されたアルバム「Revolver」のサウンドがステージで再現できない
ここまで条件が重なるともはや潮時だったということかもしれません。最終公演の演奏を終えてステージを降りる際にジョンは「In My Life」の一節を口ずさみ、ジョージ・ハリスンは「もう僕はビートルじゃないんだ!」とはしゃいでいたといいます。この日をもってツアーは終了、ツアーのブッキングが仕事の根幹だったブライアン・エプスタインは活躍の場を失うことになり翌年の悲劇的な死につながっていきます。それはビートルズの分裂を加速することになりました(今年はこの構図とSMAPを重ね合わせる人が多いです)。

 キャンドルスティック・パークは取り壊され現存しません。
取り壊し直前の2014年8月14日にポールは同所でコンサートを行っています。くわしくは→こちら


2016年8月17日水曜日

SMAP解散 ビートルズになぞらえる人多数

2016年8月14日未明に発表されたSMAP解散の激震は日本にとどまらずアジア諸国まで広がっています。芸能関係者から一ファンまで様々な人が様々なことを論じていますが、SMAPの解散からビートルズのそれを想起する人が多いことに驚きました。当ブログも波に乗っかります。もちろん解散の内情は知りませんのでメディアから伝わってくる内容から勝手に想像します。
ビートルズ解散の一因になったと言われるアラン・クレインとビートルズ
世代を超えて愛される国民的アイドルである点、メンバーの個性はバラバラながら一致団結すると神懸ったパフォーマンスを見せる点から、SMAPとビートルズに類似性を見出す人はかねてより多かったと思います。中居くん=ジョン・レノン(精神的支柱)、木村くん=ポール・マッカートニー(多芸なモテ男)、香取くん=ジョージ・ハリスン(気鋭な末っ子)、草なぎくん=リンゴ・スター(温厚な職人)、という印象です。稲垣くんは・・・ピート・ベスト(色男)といったところでしょうか。※なぎは弓ヘンに前の旧字の下に刀
今回の解散劇についてはその見方が少し変わりました。着々と自分主導の新体制構築を進めていたところ不在の不意をつかれて解散が決まってしまった点、同じ業界の妻を持ち意思決定に影響したと思われる点から木村くん=ジョン、現場ではプロデューサー的な立場を務め、人一倍グループを愛していながらも、愛していただけに真っ先に離脱を表明した点から香取くん=ポールという感じです。そういわれてみると両グループとも敏腕マネージャーが去ってから一気に崩壊しました。感情的な面のみならずビジネス的な面の問題で解散せざるを得なくなった点も似ています。
結局エンターテインメント業界に身を置くグループの解散原因はいつの世も同じなのかもしれません。

解散後はいつの日か「歴史的再集結」のような場面が訪れるのでしょうか。それを待つ楽しみが生まれたと前向きに考えることもできます。ビートルズの場合はかなり時間がかかりました。1988年にビートルズとしてロックの殿堂入りした際は、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、オノ・ヨーコ、二人のジョンの息子が式典に集いましたがポールは不参加でした。解散から20年近く経っているにも関わらずです。こういう大人気ないところも今回のSMAP解散に通じるところがあります。
左からジョージ、ヨーコ、リンゴ、ジュリアン、ショーン


<スマップとビートルズを関連付けて語っている例>
SMAPの解散…「明らかに形が違う」宮根誠司アナ(スポーツ報知)
モト冬樹、SMAP解散惜しむも事務所残留に疑問「今とほぼ一緒じゃないか」(スポーツ報知)
SMAP解散!静かに進んだ活動停止への道、メンバーである意味見失った!?(スポーツ報知)
テリー伊藤 SMAP復活に期待「死んだわけじゃない」(デイリースポーツ)
「SMAP」と「ビートルズ」に共通する「グループが解散する条件」(SmartFLASH)
SMAP5人わだかまりが消える日まで 8月16日(産経抄) ←ビートルズ、SMAP、ドリフを三つ巴で展開
SMAP解散に見る、優良組織崩壊のきっかけ(ダイヤモンド・オンライン )
ミッツ、SMAPの解散劇は「ビートルズに匹敵」(日刊スポーツ)
米ニューヨーク・タイムズが1面で報道 閣僚も心配「日本国民は苦悩でいっぱい」(産経新聞)
中森明夫「SMAP解散はビートルズ解散より不幸…アイドルカルチャー存亡の危機」(週刊朝日)

2016年8月16日火曜日

ポール・マッカートニー「リンゴとのツアーは考えたことも無い」

ポール・マッカートニーが米『ローリング・ストーン』誌のインタビューに応えました。既に内外のメディアが発言を切り取ってニュースとして配信しています。その多くはジョン・レノンやオノ・ヨーコとの関係に関する発言に注目していますが、他にも内容は盛りだくさんなインタビューです。
Paul McCartney Looks Back: The Rolling Stone Interview
Paul McCartney Talks VIP Soundcheck Shows: 'It's a Tribal Ritual' ←続編(8/15公開)
ポール・マッカートニーが語るライヴ前のサウンドチェック・ショー:「これはマッカートニー族の儀式だ」←続編の日本語版
インタビュアーはDavid Fricke。2016年9月9日全世界発売アルバム「ライヴ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル」同梱のブックレットに寄稿しているジャーナリストです。ビートルズ関連マテリアルの今後のリリース予定について執拗に聞き出しています。
まず、映画『Let It Be』再リリースについては「長い間議論しているが何故発売できないかはわからない」とポールは突き放しています。ポールの決定権は限定的で、最低限ポール・マッカートニー、リンゴ・スター、オノ・ヨーコ、オリヴィア・ハリスンの4人が合意しないとビートルズ関連の新製品はリリースできないとのことです。このインタビューや過去の発言からするとポールとリンゴは映画『Let It Be』再リリースについて反対していないように思えますが・・・。
 また、ビートルズは権利関係の管理が厳しいと思われがちですが、ビートルズ側としては「上品でありたい」というポリシーのようです。金のためにブランドを安売りしないということです。リンゴがとくにその傾向が強いとのポールの評です。
さらにDavid Frickeは、未発表曲や1967年~1968年のスタジオの様子を録音した音源を発売する気は無いかと食い下がりますが、ポール自身はそれら音源の面白みは理解しているものの、リリースする価値があるかどうかには懐疑的です。

リンゴ・スターは今年の誕生日のインタビューで冗談混じりながらもポールとのコンサートツアーに含みを持たせましたが、ポールは「やる理由もやらない理由も考えたことが無い。リンゴもそうだと思う」と述べています。お互い無関係にツアーで飛び回っているので、たまに式典で共演するぐらいの今のままが良いそうです。どうも「リンゴの感覚は独特なので一緒に回るのはめんどくさい」という印象を持っている様子があります。
とはいえ全面拒否ではありませんので、誰かがお膳立てをすれば実現する可能性があるのではないでしょうか。今年10月にはポールをはじめとする信じられないほど豪華な顔ぶれのフェス「Desert Trip」が開催されるくらいですから。また、今回のインタビューでポールは「80歳で今のようにツアーを回るのは想像できない。見苦しい」とも言っていますので、人生の集大成としてリンゴとのお礼参り世界ツアーがこの数年のうちに実現すれば良いなと思います。

インタビューでは他にも現ツアーバンド、亡妻リンダ、現妻ナンシー、末っ子ベアトリス、ビートルズの息子たち、若いアーティストとのコラボレーション、時代による作品の評価の違い、などなどDavid Frickeに乗せられるがままに赤裸々に語っています。ついにDavid Frickeは前シングル「Hope for the Future」の不発についてまで切り込んでいます。ポール自身もセールス不振について認めており、時代が変わって市場や人々の嗜好も変わり自分の次のアルバムもそれほど売れないだろうという認識です。バカ売れの喜びは一度経験したので、今は自分が好きな曲にベストを尽くすだけ、と達観しているようです。

2016年8月13日土曜日

ジョージ・マーティンのいない「Love」10周年

ビートルズの楽曲を使ったシルク・ドゥ・ソレイユのショー「Love」が今年10周年を迎えました。これを機に内容がリニューアルされ、7月14日のお披露目イベントでは会場のミラージュ・ホテル・アンド・カジノにビートルズ人脈のセレブが集まりました。



↑ジャイルズ・マーティン、オノ・ヨーコ、オリビア・ハリスンの姿も

ショーの終演後にはポール・マッカートニーとリンゴ・スターがステージに登場しました。オノ・ヨーコとショーン・レノンも客席から見守ります。


健康不安説が流れているオノ・ヨーコですが、確かに一人では歩行できない状態のようです。

10年前の初演の際はビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーティンと息子のジャイルズ・マーティンが共同でサウンドトラックを手掛けたことが話題になりました。実質的にはジャイルズが主導権を握って、父親はそれを支援するような関係だったようです。息子に今後のビートルズ音源を託すための通過儀礼だったように思います。実際、このプロジェクトを成功させて以降、ビートルズ音源の再編集時にはジャイルズ・マーティンが関与するようになりました。今年の3月に亡くなったジョージ・マーティンは「Love」10周年の場には参加できませんでした。ジャイルズによるサウンドトラックのリニューアルについては承知していたようです。
2011年「Love」5周年記念の際の親子
2006年の「Love」プロジェクトでのジョージ・マーティン↓
今回サウンドトラックはリミックスされたようです。また、I Am the Walrusは除外され、新たにTwist & Shoutが追加されています。

ステージに飛び入りしたポール・マッカートニーとジャイルズ・マーティン
「Love」10周年についてはローリングストーン誌の日本語訳記事をお勧めします。
ビートルズ『Love』10周年、ポール、リンゴらがリニューアル版のショーを祝う
ジョージ・マーティンの息子が語る父親の才能、ビートルズ『Love』の音楽制作

2016年8月11日木曜日

アルバム「Revolver」発売50周年「Taxman」ベース奏法研究

2016年8月5日はビートルズの7枚目のアルバム「Revolver」が発売されてから50周年です。同アルバム収録「Taxman」のベース奏法について考察します。

ザ・ビートルズ『リボルバー』についてあなたが知らない15のこと(ローリングストーン)

前作「Rubber Soul」は内省的なふんわりとした肌触りでしたが、今作はガラッと変わって鋭角的に内面世界をえぐってくるようなサウンドになっています。エンジニアがノーマン・スミスからジェフ・エメリックに替わったことによる影響が大きいと言われています。
それにしても、このアルバムを日本公演より前に完成させていたことに驚きます。これだけスタジオとステージで作り出す音にギャップがあれば、ツアーを止めたくなる気持ちもわかります。
アルバム1曲目にはジョージ・ハリスンの曲が抜擢されました。ジョージの曲でポール・マッカートニーがベースを頑張るのはいつもの通りですが、今回は頑張りすぎてジョージを差し置いてギターソロまで弾いています。非常にスリリングな、ポール本人にも二度と弾けないであろう名演となりました。
 こういったポールの出しゃばりは最年少のジョージに対して気兼ねなく好き勝手やった、という事情もあるでしょうが、ジョージの曲をビートルズの曲として一線級に引き上げようという気概や、慣れ親しんだジョン・レノンとのコラボレーションとは異なるサウンドを楽しんでいたという部分もあると思います。
この曲の印象を決定づけるベースのリフは、他のアーティストのカバーやインスパイアされた他の曲では以下のタブ譜のように弾いているケースが多いです。

これですとファンキーすぎるというか軽薄になってしまい、本来の地を這うような攻撃的な雰囲気が出ません。ポールはこんな風に弾いていると思います。

3弦5フレットではなく4弦10フレットから始めているのはその方がフレットの間隔が狭くて弾きやすい(とくに後述する中間部のフレーズ)のと、Rickenbackerのベースは12フレット近辺の音が良いのでポールもそれを好んでいると想像したからです。実際、同時期の曲Rainでは12フレット近辺を多用しています。

さて、問題の中間部です。 この速弾き部分の弾き方は諸説ありますが、僕は以下のように弾いています。最初の2回だけ特殊で、残りの4回は同じです。
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フレット上で指の横移動が無いのがポイントです。これぐらいの速さになるとこうでもしないと追いつきません・・・。ポールだったらもっと縦横無尽に動けるかもしれませんが、無理に弾きにくいフレーズを作るとも思えませんので、この見解はある程度信ぴょう性あると思っています。

2016年8月7日日曜日

「Yellow Submarine」発売50周年記念コーラス譜

2016年8月5日はビートルズ13枚目のシングル「Yellow Submarine」イギリス発売50周年です。 同曲風のコーラス譜を共有します。
http://www.kouchu.info/Chorus04.pdf

メンバー四人の個性がよくわかるコーラスです。

イギリスではEleanor Rigbyとの両A面で発売されましたが日本やアメリカではYellow Submarineが単独A面扱いされています。ビートルズ時代のリンゴ・スターがボーカルを務めた唯一のシングル曲で、後にアニメ映画化されたこともあり、現在に至るまでリンゴ・スターの代表曲となっています。今年の来日公演でもきっと演奏してくれるでしょう。
リンゴ着用のジャケットは日本公演と同じ?アニメ中のストライプのジャケットに合わせたのかも