2016年11月9日は初代ポール・マッカートニーが亡くなってから50周年です。・・・もちろんこれは都市伝説で、ポールは当代限り。現在も精力的に活動中です。

ポール死亡説(Paul is dead)概要と根拠集まとめ映像↓    

ポール死亡説は1969年9月頃からアメリカの大学生の間で囁かれ始めました。その後ラジオ番組のかっこうのネタとして取り上げられ多くの人を巻き込む騒動になりました。

説によるとポールは1966年11月9日に交通事故で亡くなり、以降はそっくりさん「William Shears Campbell」(つまりビリーシアーズ)に入れ替わったとされます。偽物による替え玉事件ということですね。顔が違うとか目の色が違うとか様々な説が流布されました。
左:ポール・マッカートニー 右:William Shears Campbell(?)
1967年初頭にポールが交通事故に巻き込まれたのは事実で、それが噂のきっかけになっているようです。交通事故にあった時期(事実でも噂でも)はビートルズがツアーを止めてからルックスと音楽性をガラッと変えて再登場するまでの充電期間にあたったこと、1969年に噂が再燃した時期はポールがビートルズの実質的なラストアルバム「Abbey Road」のレコーディングを終え(&ビートルズ解散を見据えて?)隠遁していたことも理由として挙げられるでしょう。

一度騒ぎになると皆よってたかってビートルズからのメッセージを深読みしようとします。アルバム「Abbey Road」(アビイロード)のジャケットは葬式の隊列を示している(ポールが裸足=死人)・後ろの車のナンバープレートが「28 IF」(「もし生きていたら28歳」の意?)、「Your Mother Should Know」のプロモーションビデオでポールだけ胸に黒いバラ、「Strawberry Fields Forever」の最後で「"I buried Paul"(僕はポールを埋葬した)」と言っている・・・(実際は"クランベリーソース"と言っている)、さながら大喜利のようです。確かに1967年以降のビートルズは支離滅裂(あるいは単なる思い付き)に見える表現が多くなってくるのでお題には困らないのでしょう。これらのポール死亡説の「証拠」についてはまとめたWebサイト書籍があるのでそちらをご覧ください。
1969年10月14日付The Michigan Daily
ついにはポール本人が「LIFE」誌に登場して健在ぶりをアピールするに至りました。
1969年11月7日付Life Magazine
これにてようやく鎮静化したようですが、同じようなことがSNSが発展した現代で起きたらどのような事態になっていたでしょうか。

その後もことあるごとにこのネタは掘り起こされ、ポール自身も1993年のライブアルバム「Paul is Live」 のジャケットでパロディにしています。車のナンバープレートは「28 IF」ならぬ「51 IS」(「今51歳」)です。
2015年にはリンゴ・スターがポール死亡説をついに認めたとする報道もありました。
Former Beatle Ringo Starr Claims the “Real” Paul McCartney Died in 1966 and Was Replaced by Look-Alike
ポールがそれに反論したとする記事もあります。
Paul McCartney Refutes Ringo Starr’s Allegations that He Died in 1966  
果たして真相はいかに??・・・実際はこの2つともフェイクニュース(嘘んこ)のようです(=本人たちはそんなこと言っていない)。半世紀たってもニュースになるのですからさすがの影響力です。

追記:2022年制作ドキュメンタリー『If These Walls Could Sing 』撮影中にあわや三代目ポール・マッカートニー誕生か!?という場面がありました。