NHK『マッカートニーの消えたベースを捜せ』レビュー:ネタバレあらすじと初代ヘフナーの帰還

2026年9月29日・30日、NHK BSで世界のドキュメンタリー「消えたベースを捜せ ポール・マッカートニー 原点への旅」が前後編で放送されました。原題は『McCartney: The Hunt for the Lost Bass』。1972年に盗まれ、半世紀後に戻ってきたポール・マッカートニーの初代ヘフナーを追う作品です。

ベースが見つかったという結末は、すでにニュースで知っている方も多いでしょう。甲虫楽団でビートルズのベースを演奏する立場から気になるのは、発見までの道筋に加えて、あの小さな楽器のどこにポールの原点が残っているのかということです。

地上波・NHK Eテレでの放送が決まりました。

世界のドキュメンタリー「マッカートニーの消えたベースを捜せ」
前編:2026年10月9日(金)23:00~23:45(日本時間)

後編の地上波放送日時は、10月3日時点で確認できていません。最新の放送予定はNHKの番組ページでご確認ください。

※以下、結末まで触れるネタバレあらすじを含みます。

監督はアーサー・ケアリー。ポール本人に加え、弟のマイク、クラウス・フォアマン、エルヴィス・コステロ、そして捜索に関わった人々が登場します。

元ヘフナーのニック・ワスらによる捜索には、古い記憶や断片的な証言を拾い直す地道さがあります。ビートルズの研究では、写真の片隅に写った楽器や、何気ない一言が重要な手掛かりになることがありますが、今回も同様に発見につながっていくのがうれしいところです。

ネタバレあらすじ

本作は、捜索の進展とポールの音楽人生を行き来しながら進みます。以下の章立て・見出しは、展開を分かりやすく紹介するために本稿で付けたものです。

1.消えた一本から、リヴァプールの少年時代へ

初代ベースの行方をめぐる問いから、話はポールの原点へ戻ります。弟マイクが育った家で思い出を語り、母を失った少年にとって音楽が心の支えになったことが浮かび上がります。

2.ハンブルクで「ベースのポール」が生まれる

スチュアート・サトクリフの脱退に伴い、ポールがベースを担当し、初代ヘフナーを購入します。クラウス・フォアマンも加入を申し出たものの、ポールはすでにベースを買っていました。後の象徴的な組み合わせの始まりです。

3.リズムを支えながら、旋律も歌う

「All My Loving」などを通して、ポールのベースの魅力に迫ります。ジェームス・ジェマーソンからの影響にも触れ、低音を刻む役割から、曲の中でもう一つの旋律を奏でる発想へと話が広がります。

4.二代目の登場と、途切れた初代の足取り

捜索に取り組むニック・ワスが登場し、楽器の履歴をたどります。1963年製が主力となり、初代は改修を経て予備へ。1969年の映像には姿を残すものの、その後いつ消えたのかが、捜索開始時の大きな謎です。

5.捜索チームと、何かを知る同僚

スコットとナオミのジョーンズ夫妻が加わり、捜索が広がります。別のところでは、搬送の仕事をするビートルズ・ファンのアンディが、同僚スティーヴの話に引っ掛かりを覚えます。彼は事件について何かを知っているようなのです。

6.盗難はビートルズ時代ではなく、ウイングス時代だった

広く情報を募ったことで、元ローディーのイアン・ホーンから証言が届きます。盗難は1972年、ロンドンで機材を積んだ車から起きていました。イアンはポールの反応を恐れましたが、本人の対応は意外に穏やかだったと振り返ります。

7.ホークウインド周辺に向いた疑い

当時の地域の人間関係をたどる中で、ホークウインドの周辺に関与を疑う話が浮上します。ただし、これは捜索途中の仮説。最終的には関与は否定されます。

8.「運河に捨てられた」という行き止まり

スティーヴの話から、ベースは運河に捨てられたという筋書きが現れます。それが本当なら回収は絶望的です。しかし、この話の裏には、彼が簡単には明かせない家族の秘密がありました。

9.コステロがヘフナーの価値を思い出させる

捜索の話から離れ、1980年代後半のエルヴィス・コステロとの共作へ。「My Brave Face」の制作でヘフナーを勧めたという回想が入り、ポールがその音を再評価していく過程が語られます。ここで使うのは、まだ失われている初代ではなく二代目です。

10.住所の照合と、父親についての告白

当時の住所や選挙人名簿を調べるうち、手掛かりがスティーヴの家族へつながります。彼は、盗んだのが自分の父親だったことを明かします。子供の頃に父から聞かされた記憶が、長年の謎を解く鍵になります。

11.パブから家族へ、そして屋根裏からの帰還

ベースはパブの主人ロン・ゲストに渡り、息子たちのいる家族へと受け継がれていました。やがてヘイスティングスの屋根裏にあった一本が浮上します。一方で、保管していた側からポールの関係者へ連絡が届き、写真を見たポールがベースとケースを認めます。捜索者が屋根裏で発見して持ち帰る、という単純な一本道ではありません。

12.発見の喜びと、家族の秘密を語る重さ

楽器を取り戻す喜びの一方には、父親の行為を語るスティーヴの複雑な気持ちがあります。ポールも相手を一方的に責めるのではなく、自分の若い頃や人生の巡り合わせに思いを向けます。

13.修復されたベースを、ポールが鳴らす

職人マーティン・ハリソンの手で、使い込まれた姿を残しながら演奏できる状態へ。ポールは「Day Tripper」を弾き、音の大きさや丸みに言及します。鑑定によって本物と認められた楽器が、ここで再び奏者の手になじんでいきます。

14.「Get Back」でステージへ戻る

2024年12月19日、ロンドンのO2アリーナ。ロニー・ウッドも加わった「Get Back」で初代がステージに復帰します。物語は再会の祝福から、音楽と昔の仲間への思いへ。楽器の帰還が、ポール自身の原点をたどる旅と重なって幕を閉じます。

「いつものヘフナー」と「消えたヘフナー」は別の一本

今回戻ってきたのは、ポールが1961年にハンブルクで手に入れたHöfner 500/1の初代。現在のステージでおなじみの主力ベースは、1963年に入手した二代目です。初代が行方不明の間も、二代目はポールの手元にありました。

ポールが使った2本のヘフナー:見分けるポイント
比較項目1961年製・初代1963年製・二代目
役割初期の主力。二代目の導入後は予備となり、1972年に盗難。初代に代わって主力となった、現在もおなじみの一本。
ピックアップの位置2基がネック側に寄って近接。いわゆる「キャバーン」型の配置。後方の1基がブリッジ近くへ移り、2基の間隔が広い。
外観の履歴1960年代に再塗装やピックアップ周囲の改修を受け、購入時の姿から変化。1969年の屋上公演で「BASSMAN」ステッカーを付けていた個体。
今回の物語発見・鑑定・修復を経てポールのもとへ戻った。「盗まれて戻ったベース」とは別の個体。

同じヴァイオリン形でも、ピックアップの配置が違えば、写真から見分ける手掛かりになります。

初代は「Please Please Me」「She Loves You」「Twist and Shout」などの初期録音を支えた楽器でもあります。捜されていたのは有名人の持ち物というだけでなく、私たちが何度も聴いてきた演奏を実際に鳴らした道具なのです。

ヘフナーらしさといえば中空のボディと短めのスケールです。現行のドイツ製「Cavern」復刻の公式仕様では、スプルースの表板、メイプルの側板・裏板、センターブロックなし、762mmのスケールが示されています。ネックは3ピースで、2基のピックアップは「Diamond」タイプ。一方、1963年仕様の「Vintage」復刻は2ピース・ネックです。

カタログに書かれた「1961年仕様」と、ポールが使い込んだ1961年製の一本は、分けて考えたいところです。

実物の履歴で特に気になるのは、1964年に受けた大きな改修です。再塗装に加え、2基のピックアップを囲う大きな台座やノブの変更によって、初期の写真とは印象が変わっています。

コステロとの「My Brave Face」がつなぐ、ヘフナーへの再評価

1980年代後半、「My Brave Face」を作っていた頃、ヘフナーをもう一度使うよう勧めたのがコステロでした。ここで登場するのは1963年製の二代目。初代が失われていた間も、ポールとヘフナーの関係は変わり続けていたことが分かります。

番組での回想では、コステロが歌を引き受けてポールがベースに集中できるようにしたものの、当初の低音は歌を覆うほどだったという話が出てきます。そこでヘフナーが候補に上がる。ポール自身も、チューニングの問題などから別の楽器へ移っていた時期を振り返ります。懐かしい形への愛着だけでなく、録音する曲に合う音として選び直しているところが面白いです。

修復で残された、ポールが知っている姿

発見されたベースは、そのままステージに持ち出せる状態ではありませんでした。鑑定したワスによると、右利き用に弦が張られ、ナットには加工の跡があり、ネックの接合部やブリッジにも問題がありました。ピックアップも作動せず、修復が必要だったそうです。

ここで興味深いのは、どの時点の姿へ戻すかという判断です。ポールのテクニカル・マネージャー、キース・スミスの公式記事では、新品時の状態に戻す案もあったものの、ポールは1960年代の写真に残る、赤みのある再塗装後の姿を好んだと説明しています。修復はその履歴を残し、再び演奏できるようにする方向で進められました。


傷や改造をすべて消すより、自分が知っている姿を残したい。ビートルズではめっきり使用しなくなった頃の改修まで含めて、ポールにとっての「あのベース」なのでしょう。

もっとも、全部をそのまま再現したわけでもありません。ワスの説明では、以前から交換されていたペグは、修復時に1961年当時のものへ交換されています。

修復後の試奏で、ポールが「Day Tripper」を弾く場面は目を離せません。より大きく丸みのある音に感じる、という趣旨の感想を述べています。本人が2本のベースの違いについて語るのが貴重です。スミスも、普段使う1963年製とは大きく違う音だと説明しています。

盗難の謎を追ううちに、人間の話になっていく

捜索の物語では、救急搬送の仕事に携わるスティーヴ・グレニスターの証言が重要になります。彼は盗んだ人物の息子でした。ベースはその後、パブの主人を経て別の家族の手に渡っていきます。

有名な楽器の行方を知りたい側と、自分の父親について語らなければならない側。ポールが盗んだ人物を一方的に断罪せず、自分たちの若い頃や、人生を変えた幸運にも引き寄せて語る姿勢も印象的です。

海外の賛否

海外の反応は一色ではありません。『Daily Telegraph』の評は5点満点で4点、『The Times』は2点。批評の集約ページにも、親しみやすい物語として楽しむ評価と、長編にするほどの内容かという評価の差が表れています。

個人の感想にも同じような幅があります。Mumsnetでも「楽しめた」という声がある一方、終盤の人物関係や発見の経路が分かりにくかったという書き込みが複数ありました。

捜索プロジェクトの説明では、ポールへの返還は2023年9月。ポール公式サイトが返還と鑑定を発表したのは2024年2月15日です。「2024年に発見」とひとまとめにした記事もありますが、返還と一般への発表には間隔がありました。

もう一点、補足しておきたいのがホークウインドの扱いです。作品中で浮上する関与説は、最終的には退けられます。メンバーのデイヴ・ブロックは放送後、バンドを疑わしく描いたことや「反ビートルズ」という説明に反論しています。

また演奏するためのベースになった

戻ってきた初代は、2024年12月19日、ロンドンのO2アリーナで再びステージに登場しました。選ばれた曲は、ロニー・ウッドも参加した「Get Back」です。楽器の帰還にこれほどよく似合う曲も、なかなかありません。

参考資料・海外レビュー
  1. UNIVERSAL MUSIC JAPAN:NHK BS放送案内(2026年9月24日)。番組名・放送日・原題。
  2. 作品公式サイト。監督・出演者・制作情報。
  3. Letterboxd:Mark Cunliffeのレビュー(2026年4月11日鑑賞)。クラウスの絵、マイクの回想、上映時間への評価。
  4. Guitar World:The history of Paul McCartney and the Höfner 500/1 bass guitar。ニック・ワスによる個体史。初代と二代目、1964年の改修、屋上公演の個体。
  5. Guitar World:ニック・ワスへの発見・修復インタビュー(2026年4月1日)。初期録音、発見時の状態、ペグなどの修復。
  6. PaulMcCartney.com:The Lost Bass: How the 1961 Höfner Bass Found its Way Home(2026年4月10日)。キース・スミスによる修復方針、音の違い、ステージ復帰の説明。
  7. Höfner:Violin Bass “Cavern”(H500/1-61L-0)。現行復刻モデルの公式仕様。
  8. Höfner:Violin Bass “Vintage”(H500/1-63-RLC-L-0)。現行復刻モデルの公式仕様。
  9. Gazettely:McCartney: The Hunt for the Lost Bass Review(2026年7月)。作品の展開と人物描写についてのレビュー。
  10. Rotten Tomatoes:作品・批評ページ。Daily TelegraphとThe Timesの採点・批評要旨を参照。
  11. Mumsnet:放送後の視聴者スレッド(2026年4月11日〜)。楽しめたという感想と、人物関係・返還経路への疑問。
  12. The Lost Bass Project:公式サイト。2023年9月の返還と2024年12月19日のステージ登場。2026年10月1日時点では閉鎖予定の告知も掲載。
  13. PaulMcCartney.com:Statement on Höfner Bass(2024年2月15日)。返還とヘフナーによる鑑定の公式発表。
  14. Classic Rock / Louder:デイヴ・ブロックの反論(2026年4月30日)。ホークウインドの描かれ方に関する本人への取材。
  15. TalkBass:The Hunt for the Lost Bass(2026年4月20日〜)。復帰したベースの演奏を望む投稿。
  16. Reddit r/beatles:「Lost Bass」復刻モデル所有者の投稿。番組によって手持ちの楽器への愛着が増したという感想。
  17. Rockol:Franco Zanettiによる作品紹介(2026年4月5日)。イアンの回想、コステロと「My Brave Face」、二代目ヘフナーの再使用。
  18. Gary Ryan:クラウス・フォアマンへのインタビュー(2026年4月7日掲載)。Sunday Telegraph掲載記事の筆者による再掲。ハンブルク時代、作品中の絵、運河の話と家族の秘密。
  19. amass:地上波放送決定、前編は10月9日(2026年10月2日)。Eテレの放送日時。番組名・前編の放送日は番組表.Gガイドの10月9日地上波番組表にも掲載。

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