2026年5月、ポール・マッカートニーが『The Late Show with Stephen Colbert』の最終回に出演しました。場所はニューヨークのエド・サリヴァン劇場。1964年2月9日、ビートルズがアメリカのテレビに初めて生出演し、7000万人以上が見たとされる、あの劇場です。
ここでポールが歌ったのは「Hello, Goodbye」でした。スティーヴン・コルベア、エルヴィス・コステロ、ジョン・バティステ、ルイス・ケイトらが加わる、番組全体を巻き込んだ演奏でした。
「Hello, Goodbye」は、終わる番組に対してさよならを言いながら、同時にこんにちはも言う。最終回の曲であり、テレビ史への別れの曲であり、ポールがアメリカにもう一度入っていく曲でもありました。
エド・サリヴァン劇場は、ポールにとってアメリカの入口
1964年のビートルズは、アメリカにとって外から来た若者でした。しかしその若者たちは、完全な異物ではありませんでした。彼らが夢中になっていたのは、アメリカのロックンロール、ブルース、R&B、カントリー、ショービジネスでした。
つまりビートルズのアメリカ上陸は、「イギリスの音楽がアメリカを征服した」という単純な話ではありません。アメリカから生まれた音楽がリヴァプールの若者たちの身体を通り、別の形になってアメリカへ戻ってきた出来事です。
今回のコルベアとの対話で、ポールはアメリカを「自分たちが愛した音楽の源泉」として語りました。ロックンロール、ブルース、そしてアメリカの大衆芸能全体。これは礼儀としての賛辞ではありません。ポールの音楽的な自己認識そのものです。
ポールは劇場をシャットダウン
番組の最後、ポールは「Hello, Goodbye」を歌い、劇場の灯りを消す演出にも加わりました。
コルベアの『Late Show』は、政治風刺と音楽を扱ってきたアメリカの夜のテレビ番組です。その最後に、1964年のエド・サリヴァン劇場を知る本人が戻ってきた。
ポールは、アメリカのテレビがビートルズを迎え入れた瞬間を知っています。その同じ場所で、今度はアメリカのテレビ番組のひとつが終わる場面に立った。
ポールとアメリカの関係
ポールとアメリカの関係には、政治が常に薄く入っています。
ビートルズは1964年、アメリカ南部の公演で人種隔離された観客席を拒否しました。白人席と黒人席が分けられた会場では演奏しない、という立場です。これは若い英国バンドの気まぐれではありません。アメリカの黒人音楽から大きな影響を受けたバンドが、その国の差別構造を前にして、最低限の筋を通した行動でした。
その延長線上に「Blackbird」があります。ポールは後年、この曲をアメリカ南部の公民権運動、特に黒人女性たちの闘いと結びつけて語っています。
さらに21世紀に入ると、ポールは9.11後のニューヨーク支援コンサートを主導し、「Freedom」を歌いました。一方で、その言葉が国家主義的に使われることへの距離も後に見せています。2018年には銃規制を求める「March For Our Lives」に参加し、ジョン・レノンが銃で殺されたことを理由として語りました。
ポールはアメリカを音楽の故郷として愛しながら、そのアメリカが自由や民主主義を失いかねないときには、短い言葉で釘を刺す人です。
「今もそうだといいね」
今回のコルベア出演で重要なのは、ポールがアメリカを「自由の国」「偉大な民主主義」と呼びつつ、「今もそうだといいね」という趣旨の言葉を添えたことです。
コルベアの『Late Show』終了をめぐっては、CBS側は財政的理由を説明しました。一方で、番組が政治風刺の強い場であり、特にトランプ批判で知られていたことから、アメリカでは政治的な意味を読む報道も出ました。
その文脈で、ポールが「アメリカは今も自由で民主的であってほしい」と言う。これは単なる思い出話ではありません。1964年にビートルズを迎えたアメリカと、2026年に政治風刺番組の幕を下ろすアメリカ。その落差を、ポールは一言で示したのです。
「Hello, Goodbye」
普通に考えれば、ポールが最終回でビートルズ曲を歌うなら「Let It Be」「Hey Jude」でも成立します。むしろその方が、一般的には感動を作りやすいでしょう。
しかし選ばれたのは「Hello, Goodbye」でした。
この曲は大団円に向いています。コード進行は明るく、コーラスで人を巻き込みやすく、タイトルだけで番組最終回の意味を説明できます。しかもエド・サリヴァン劇場という場所に置くと、曲の軽さが逆に効きます。重すぎる曲では、番組が葬式になります。「Hello, Goodbye」は、終わる場面を祝祭に変える曲です。
SNLからコルベアへの新作宣伝行脚
この数日前、ポールは『Saturday Night Live』にも出演していました。SNLでは新曲「Days We Left Behind」を歌い、「Band on the Run」「Coming Up」も披露しました。さらにコントにも参加し、チャド・スミスらと番組の笑いの中に入りました。
ここで見せたのは、現役アーティストとしてのポールです。新作を出し、テレビの笑いにも乗り、過去の曲を現在の番組形式に合わせて再配置するポールです。
一方、コルベア最終回で見せたのは、アメリカ文化史の証人としてのポールです。SNLが「今も動いているポール」を見せる場だったなら、コルベアは「アメリカの記憶を閉じるポール」を見せる場でした。
短期間に両方へ出た理由は、単なる新作宣伝だけではありません。もちろん新作発売前の露出としては非常に有効です。しかしそれ以上に、二つの番組は役割が違いました。SNLは現在の話題を作る場所。コルベア最終回は歴史を締める場所。ポールはその両方を使い分けたのです。
今回の「Hello, Goodbye」は、番組への別れであると同時に、ポールからアメリカへの確認でもありました。
あなたはまだ、私たちが憧れた自由の国なのか。あなたはまだ、音楽が人を集める場所なのか。あなたはまだ、若者たちがテレビの前で未来を変えられる国なのか。
ポールはそれを演説ではなく、曲で問い直しました。

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