レビュー:映画『イエスタデイ』(2019年)ネタバレあり/なし感想

ビートルズが存在しない世界を舞台にした映画『イエスタデイ』が2019年10月11日から日本で公開されます。海外で先月Blu-ray&DVDが発売されたのでそれを一足先に見ました。感想をネタバレ無し→中ネタばれあり→大ネタバレあり という順に考察を加えながら書きます。

海外版Blu-ray/DVD


ネタバレ無し感想

本作に非常に近いモチーフを持つ(パクリだという人も・・・)日本の漫画『僕はビートルズ』を読んだことがあるかないかで本作の見方が変わってくると思います。僕は連載時から愛読していたので『僕はビートルズ』と比べてどうなのかがどうしても気になります。

僕はビートルズについては過去の記事もご覧ください。↓

強すぎる恋愛要素

その観点では本作は不完全燃焼でした。恋愛要素が強すぎます。監督や脚本家はインタビューで、当初はここまで恋愛重視では無かったと語っています。エンターテインメントとしてクライマックスを盛り上げ、エンディングにきれいに収束させるためには必要だったのでしょう。『僕はビートルズ』も最後の最後はほんの少し恋愛を絡めていました。

ビートルズが素晴らしいのは詞と曲だけ?

とはいえ、もう少しビートルズの楽曲の素晴らしさや、ビートルズという存在が世界に与える影響を描いてほしかったです。実際はそれを表現するのは難しかったことはわかります。ビートルズが世界に支持されたのは曲や歌詞だけではなく、歌声(とくにハーモニー)、演奏、ファッション、時代との融合など様々な奇跡が積み重なってのことです。本作はそのうち曲と歌詞だけで世界と勝負しているので現実感に欠けます。この点を「ひどい」「つまらない」「面白くない」というビートルズファンは多そうです。
現代ならではの要素としてSNSが起爆剤になったことを描こうとしているのはわかるのですが、表現が効果的だったとは思えません。その点『僕はビートルズ』はビートルズ登場前夜に現代のビートルズコピーバンドがタイムスリップするので世界を巻き込む必然性と説得力がありました。

結局はラブコメ。だがリリー・ジェームズはかわいい

結局は「本当に大切なものに気づく」的な定番のストーリー展開になってしまいました。それはそれでよいのですが、もう少しミュージシャン視点のエピソードは絡められたと思います。日本版トレーラーはしっかり本作のカラーを理解しており、海外版トレーラーよりラブコメ要素を押し出しているのは誠実だと思いました。
それもこれも結局はリリー・ジェームズの魅力がなせる業だったのかもしれません。本作の主役は彼女と言ってもいいと思います。(中ネタバレあり感想に続く)



中ネタバレあり感想

『僕はビートルズ』の主人公と違って本作の主人公ジャックはそこまでビートルマニアというわけではありません。曲や歌詞はうろ覚えで、それをひねり出す様子が面白おかしく描かれています。本作の挿入歌の歌詞やコード進行が原曲と微妙に違うのはその事情を表現しているそうです。この路線を突き進めばよかったと思います。例えば、クライマックスで大事な曲の歌詞をとうとう思い出すとか、どうしても思い出せないので自身の体験から創作したら偶然原曲の歌詞と同じになったとか、演出のしようはいくらでもあったと思います。

ビートルズが希薄な世界

ジャックがビートルマニアで無いのは良いのですが、世界が切り替わる前にもう少しビートルズを登場させていてもよかったと思います。少なくともヒロインのエリーはビートルズについて言及しておくべきでしたし、ジャックとエリーの学生時代の思い出の曲はビートルズの方が良かったと思います。例えば世界が切り替わった後にその曲をジャックが披露して「知らない曲なのになぜか懐かしい」などとエリーに言わせることも可能でした。
ジャックとエリーのレコーディング風景はブレイク前の無邪気で楽しかった時期を表現する序盤の山場でしょう。ビートルズの実験的なレコーディングへのオマージュがもっとあっても良かったと思います。なんとなく、このシーンは映画「ボヘミアン・ラプソディ」に影響されている気がします。

ブレイクの昂揚感に欠ける

その後ジャックは世界中に知られることになるのですが、その過程も不満です。ここがもっとも感動的に演出できたはずです。この点のピークは最序盤の「Yesterday」を披露するシーンで、思わず涙ぐんでしまいます(リリー・ジェームズの演技が素晴らしい!)。ビートルズの曲を利用して世に打って出ることを決めた第一歩として親類知人に希代の名曲「Let It Be」を世界初披露したらとことんぞんざいな扱いを受ける、これはとても良いシーンでした。そのあとライブで「I Want To Hold Your Hand」を演奏しても受けが悪くジャックは意気消沈してしまいます。ここは、最初は誰も耳を傾けてくれなかったが、それまで走りまわっていた子供が立ち止まって聞き出し、次第にその輪が広がっていく・・・など、世界がビートルズに触れた感動が表現されてほしかったです。
と思ったら、Blu-ray/DVDに収録されている削除シーンではロシア公演の長尺版で同様の演出がなされていました。バラードで少しずつ興味は引いているもののなかなか火が付かず「Back in the U.S.S.R.」で盛り上がっていくというシーンです。これをカットしてしまうなんてもったいない・・・。

突然の高評価

なんとか地元のプロデューサー兼エンジニアのギャビンの目に留まり、自主制作CDを配布したことをきっかけに知名度が上がっていくのですが、人々がCDを再生してそれに反応する描写がありません。CDを貸し借りしたり、エリーの学校の生徒の話題になったりする様子がなぜ描かれなかったのでしょうか・・・。ついには地元テレビに出演してそれを見たエド・シーランがコンタクトしてくることになるのですが、ここまでが急すぎます。
直後にエド・シーランとジャックで即興作曲合戦をやるシーンがあります。ジャックは「Long and Winding Road」を引っ張り出してきて当然のごとく勝利するのですが、対するエド・シーランの歌唱と演奏が素晴らしすぎてジャックに脱帽するエド・シーランの様子も白々しく感じてしまいました。

戦略がハマらない

『僕はビートルズ』もそうだったのですが、主人公が世にビートルズを提示する際の戦略が凡庸です。楽曲の登場順が無秩序なので、なぜ今この曲(内容/曲調)を発表したのか、というなんとなくの違和感を抱かせることになります(ジャックもこの点にさいなまれていく)。ジャックも自身のメジャーデビューアルバムのタイトル候補に『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』『White Album』『Abbey Road』を挙げるのはあまりに拙速です。結局ことごとく却下されることになります。まあ、ここはギャグシーンなのでしょうが。

突然の恋敵

前段のネタバレ無し感想ですでに本作の強すぎる恋愛要素が不満であると述べましたが、その恋愛要素の中にも納得がいかないところがあります。終盤にジャックの恋敵が登場しますが、前述のギャビンです。突然すぎます。Blu-ray/DVDに収録されている削除シーンでいくつかギャビンが登場するので丁寧にはぐくむつもりはあったのかもしれませんが削除したら意味がありません。エリーの献身さやギャビンがジャックとエリーに近づいた理由が安っぽくなってしまいます。三人を幼馴染にするか、エリーの職場の同僚などもう少し近い関係にしていたらまだ納得感ありました。突然三角関係に持ち込むならジャック側に新キャラクターを登場させた方がよかったです。ジャックのブレイク自体突然なのですから違和感ありません。テレビ番組で女優(アナ・デ・アルマス)に向けて即興で「Something」を披露してメロメロにしてしまうというちょうどよいシーンを収録してトレーラーにも使用していたのにそれをまるごと削除してしまいました(Blu-ray/DVDにはおまけとして収録)。監督の弁ではジャックとエリーのストーリーに水を差したくなかったとのことですが、だったらギャビンもいらないと思います。クライマックスを盛り上げる道具に過ぎませんでした。(大ネタバレあり感想に続く)



大ネタバレあり感想

物語の核心に迫るネタバレポイント1つずつについて感想を述べます。
監督/脚本家のインタビュー記事も合わせてご覧ください。
『イエスタデイ』ダニー・ボイル監督が語る、ビートルズファン垂涎の名シーンの舞台裏(Movie Walker)
主役は“ザ・ビートルズの楽曲”…映画『イエスタデイ』脚本家が選曲理由を語る(music.jp)

ジャックはエド・シーランの公演にゲスト出演し、ステージ上でエリーに愛を告白

感動的なシーンですがステージにエリーの顔を大写しにするのはやりすぎでした。映像としてはとても綺麗でした。

ジャックは発表した曲がビートルズの盗作と認め無償で配信する

この行動がクライマックスに使用されました。こうするしかストーリーを決着できないのはしかたありませんが(過去の同種の作品も同様)、そもそもビートルズが存在しないので説明が意味不明になってしまっています。無償での配信を含めレコード会社にも少なからず損害を与えたはずで、この行動は自己満足だと思いました。ただ、ビートルズの著作権は証明できず、ジャックも権利主張しないのでデビューアルバムはそのまま発売されてかえって売れた可能性はあります。レコード会社との訴訟が回避できたのならよかったです。ネットで無償公開という発想は現代的だと思いました。その後ジャックはビートルズの全楽曲を公開したのかが気がかりです。それができるのはジャックだけなので。うまくやればYouTuberとして安定した収入を得られたかもしれません。

ビートルズ以外にも世界から失われたものがある

まずはバンドのオアシス。ビートルズが存在しなければオアシスも存在しないというのは誰もが思いつきそうです。ただし、ジャックとエリーの思い出の曲はオアシスの曲だったので、これがこちらの世界ではどうなっているのかは面白くできるポイントでした(実際はまったく無視)。次にコカ・コーラとタバコ。なぜこれらが消えたのか共通点がわかりません。この二つはビートルズの曲で歌われていますが(前者は「Come Together」、後者は「I’m So Tired」)そのせいでしょうか?どちらもビートルズ登場以前から存在しているので、考えすぎかもしれません(監督いわく「ランダム」とのこと)。コカ・コーラVSペプシというのは古くからネタとして取り上げられていますし、タバコは近年エンターテインメント作品からとことん排除されていますのでその風潮を皮肉ったのかもしれません。アメリカでは『Abbey Road』のジャケット写真でポールが右手に持っているタバコが消されるといった騒動がありました。 
 
ビートルズとコカ・コーラの関係としてマニアの中で有名なのは、彼らがビートルズを名乗る直前に根城にしていたカスバ・コーヒー・クラブが積極的にコカ・コーラを販売していたエピソードです。同店オーナーのモナ・ベストの息子がビートルズ初代ドラマーのピート・ベストでした。ビートルズに関するIF(もしも・・なら・・)の象徴でもあるピート・ベストがこの映画に本人役で出てくれたら面白かったと思います。

もっと遊んで欲しかった
物語の最後の会話でハリー・ポッターも存在しないことがわかります。これはビートルズと同じイギリスの世界的有名作品だから選ばれたのかなと思いました。それともハリー・ポッターの両親の名前が "リリー" "ジェームズ" だから??Blu-ray/DVDに収録されているもう一つのエンディング(採用されなかったエンディング)にもこの会話は登場しますが、なんとセリフの分担が正規のエンディングとは逆で、ハリー・ポッターを知らないのはジャックの方です。これはつまり、ジャックが元居た世界は映画を見ている我々の世界と同じでは無く、ハリー・ポッターが居ない世界だったということです。これには驚かされました。このどんでん返しであればハリー・ポッターを選ぶ必然性もあって非常に良いエンディングだと思うのですが複雑すぎたので見送られたのでしょうか。このもう一つのエンディングはそれまでの騒動と打って変わってひそやかな雰囲気で進行し、ジャックとエリーの結婚生活を能天気に描く正規のエンディングより良いと思いました。
ビートルズがいなかったことによる影響についてはいくらでも遊べたのにあまり触れていないので欲求不満です。ファッションや生活習慣でなんの言及も説明も無くさらっと「映画を見ている我々の世界とは違う」違和感を表現することはできたのに。

ジャックは78歳のジョン・レノンに出会う

なんらかの形での登場は予想されていましたが、ジャックを導く重要な役割として登場しジョン・レノン役(ロバート・カーライル)の風貌が想像以上にそっくりで息を呑みました。ジャックがジョンに年齢を尋ね78歳と答えるシーンが感動的でした。ビートルズを結成していなければ凶弾に倒れることもないということですね。また、この世界でもオノ・ヨーコと結ばれたことを想像させるやりとりも良かったです(Fought hard to keep her/There were complications/Prejudice and prideといった発言から)。ただ、ビートルズファンならもっと聞きたいことがたくさんあるのでジャックに聞いてほしかったです。ポール・マッカートニーを知っているか?エルヴィス・プレスリーは好きか?楽器は手にしたのか?ここでポール死亡説というビートルズファン定番のネタを盛り込むこともできたでしょう。ビートルズがいない世界=ジョンとポールが出会っていない世界と言えそうです。

ジャック以外にもビートルズを覚えている人がいる

これが本作最大の衝撃でしょう。本作の宣伝文句の多くがジャックだけがビートルズを知っている前提で表現されているのでそれらが覆ります。実際はジャックと同様ビートルズが存在した世界線の記憶を保持したままの人がロシアとリバプールに一人ずついることが終盤に明かされました。それまでさんざんサスペンス的に「謎の男女二人」として存在をあおっていたわりにジャックの楽屋に二人でひょっこり現れてビートルズトークで盛り上がるのはギャグのつもりでしょうか?緊張と緩和を表現するのでしたら二人がジャックの目の前に出現する際にもっと工夫した方が良かったと思います。二人が記者会見でジャックを追い込んだ理由がよくわからなくなってしまいました。
おとぎ話なのでしょうがないのですが、この三人だけがビートルズを覚えていた理由をなんでもいいから説明してほしかったです(例:三人とも停電の瞬間に歯を折った)。なぜこの二人がストーリーに必要だったかわかりませんが、少なくともジャックをジョン・レノンにつなぐ重要な役割を果たしました。

ちなみにこの事実を僕は海外公開直後に知ってしまったので、当ブログの紹介記事では「主人公だけがビートルズを知っている」と断言することを避けていました→こちら

いろいろ批判的に書いてしまいましたが、全体としては非常に楽しくワクワクドキドキ見させていただきました。ビートルズを取り上げて盛り上げてくれて感謝です。

日本語字幕に注目した公開初日レポートなどこの映画に関する記事一覧は→こちら

映画『イエスタデイ』に登場(曲名、歌詞、演奏)するビートルズの楽曲でプレイリストを作成しました。登場順に並んでいます。→ Spotify YouTube

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7 コメント

  1. いっそ「僕はビートルズ」を実写映画化してほしいですね^^(日本でではなく、ハリウッドあたりで…?)
    本作は来週にでも観にゆく予定です(なので御稿の「半ネタバレ」以降は拝読していません)。
    楽しみです。

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  2. こんばんは。
    先日、観てまいりました。
    削除シーンや別のエンディングは興味深いですが、それでも大いに愉しめました。
    ビートルズを覚えている二人(これがピート・ベストとフリーダ・ケリーだったりしたら面白いのにな、などと思いました)の、「彼らの音楽を残してくれて、ありがとう」(だったかな?)という科白が、私には最も感動的で、本作の肝という気がしました。

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    1. ukiyachihiroさんコメントありがとうございます。

      「彼らの音楽を残してくれて、ありがとう」そうですね。「ビートルズのいない世界は退屈」といったような主旨も言っていたと思います。
      確かに、監督&脚本が一番言いたかったことはそれなのかもしれないと感じました。

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    2. いつも多角的な情報をありがとうございます。
      劇場で見てきました。
      のべさんの感想に共感する部分が多いです。
      ビートルズのマニア度が高いと期待値も高過ぎてしまうのかもせれませんね。
      色々謎のまま終わってしまったのも少し物足りない感じでした。
      でもラブコメ、ファンタジーとして、マニアでない人も楽しめる佳作だと思いました。

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    3. 矢沢さんコメントありがとうございます。

      そうですね。配給元はラブコメである旨しっかり表現しているので
      そのつもりで楽しむのが良いと思います。

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  3. シルクちゃん2019年10月23日 11:54

    映画を昨日観てきましたが、がっかりしました。ストーリーも主人公も結末も、受け入れられませんでした。あの主人公のジャックがビートルズをあんな風に歌って世界に受け入れられるはずがありません。観終わってやはりビートルズの存在は唯一無二なのだと思いました。

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    1. シルクちゃんコメントありがとうございます。

      「ビートルズの存在は唯一無二」その通りですね。監督も脚本家も常にそれが念頭にある気がします。エンドロールの感動がひとしおでしたね。

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