フェンダーは2026年8月、ジョージ・ハリスンが所有した楽器の個体を再現する「Limited Edition George Harrison 1967 Bass VI」を発表しました。日本での市場想定価格は165万円です。
Bass VIは、弦は6本、調弦はギターと同じE-A-D-G-B-Eを1オクターブ下げたもの。後期ビートルズではジョージだけでなくジョン・レノンも使用していました。
8万円台のSquier、20万円台のFenderでも、3ピックアップと4個のスイッチを備えたBass VIは買えます。それでも165万円の新製品には何が加わるのでしょうか。外観の傷を再現するレリック加工はいったん脇へ置き、ボディ、ネック、電気系統、ブリッジと弦から比較します。
Bass VIは普通の6弦ベースではない
現代の6弦ベースは、一般に4弦ベースの上下へ低いB弦と高いC弦を足したB-E-A-D-G-C調弦です。Bass VIはそうではなく、ギターと同じ弦間関係を保ったまま全体を1オクターブ下げています。スケールは30インチ。34インチ前後のロングスケール・ベースより短く、25.5インチのストラトキャスターより長い、中間的な設計です。
そのため、ギターのコードフォームや音階を持ち込みやすく、低音の旋律、ダブル・ストップ、開放弦を使ったフレーズに向きます。一方、狭い弦間と細い弦を持つため、一般的なベースと同じ右手の感覚にはなりません。ビートルズが担当楽器を持ち替える場面に適していた理由もここにあります。
165万円、23万6500円、8万5800円の仕様を比較
比較するのは、今回のCustom Shop製ジョージ・モデル、Fender「Vintera III Early '60s Bass VI」、Squier「Classic Vibe Bass VI」です。価格は2026年9月時点の日本向け公式表示または発表資料による税込価格です。
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| Vintera III Early '60s Bass VI |
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| Classic Vibe Bass VI |
| 項目 | George Harrison 1967 | Vintera III Early '60s | Squier Classic Vibe |
|---|---|---|---|
| 価格 | 165万円(市場想定価格) | 23万6500円 | 8万5800円 |
| 製造区分 | Fender Custom Shop | Fender | Squier by Fender |
| ボディ | 2ピース・セレクト・アルダー | アルダー | ポプラ |
| スケール | 30インチ | 30インチ | 30インチ |
| ネック形状 | 1960 Oval C/実機を採寸 | Early '60s C | Slim C |
| 1/12フレット厚 | 約20.83/24.00mm | 非公表 | 非公表 |
| ナット幅 | 38.1mm | 42.0mm | 42.8mm |
| 指板/R | 3Aローズウッド/7.25インチ | ローズウッド/7.25インチ | インディアン・ローレル/9.5インチ |
| フレット | 21 Vintage | 21 Vintage Tall | 21 Narrow Tall |
| 指板外観 | バインディング+ブロック | ドット | バインディング+ブロック |
| ピックアップ | Custom Shop Hand-Wound Flat Magnet Jaguar×3 | Vintage-Style Early '60s Bass VI×3 | Fender-Designed Alnico×3 |
| 操作系 | 各PUオン/オフ+ベースカット+マスターV/T | 各PUオン/オフ+ローカット+マスターV/T | 各PUオン/オフ+ベースカット+マスターV/T |
| ブリッジ/テールピース | 6サドル+フローティング・トレモロ | 6サドル+ロック付きフローティング・トレモロ | 6サドル+非ロック式フローティング・ビブラート |
| 弦ミュート | あり | あり | なし |
| 標準弦 | ステンレス .025–.095 | ニッケル .024–.100 | ニッケル .024–.084 |
| 付属品 | ハードケース、ストラップ、認定書 | ギグバッグ | ケースなし |
仕様はGeorge Harrison 1967 Bass VI、Vintera III、Classic Vibeの公式ページに基づきます。
ボディ形状は別物なのか
3機種とも製品名どおりBass VIのオフセット・ボディを採用し、30インチ・スケールも共通です。165万円モデルだけがまったく別のシェイプというわけではありません。材はセレクトされた2ピース・アルダー、通常のアルダー、ポプラと変わりますが、フェンダーは3次元的な外形寸法やコンターの深さを公表していません。したがって「ジョージの実機と安価なモデルではボディ外周が何mm違う」とまでは、公式仕様から断定できません。
見た目では、1967年仕様のバインディングとブロック・ポジションが重要です。意外にも、初期60年代を再現するVintera IIIのドット指板より、Squierの方がバインディング+ブロックという後期型の雰囲気に近く見えます。
最大の実用差は38.1mmの細いナット
演奏面で最も見逃せない差は、ジョージ・モデルのナット幅が38.1mmしかないことです。Vintera IIIは42.0mm、Squierは42.8mm。Squierとの差はナット位置で4.7mmに及びます。
38.1mmはジャズ・ベースの細いナットに近い数字ですが、そこへ6本の弦を並べます。左手はギター的なフォームを作りやすい一方、右手の指弾きでは弦間がかなり狭くなります。Vintera IIIとSquierは少し広いため、ベースとして弦を捉えやすい設計です。
ジョージ・モデルは実機からネック形状を採り、1フレット厚約20.83mm、12フレット厚約24.00mmまで公表しています。7.25インチRのジョージとVintera IIIは指板面の丸みが強く、9.5インチRのSquierはやや平らです。
電気系統の基本設計は3機種とも同じ
電気系統の基本設計は3機種とも同じです。
- シングルコイル・ピックアップ3基
- 各ピックアップを独立してオン/オフする3個のスイッチ
- 低域を削るベースカット、ローカット、通称「ストラングル」スイッチ
- マスター・ボリュームとマスター・トーン
3ピックアップは5ウェイ・セレクターではないため、3基すべてを鳴らすこともできます。Bass VIらしいベースカット回路はSquierにも残されています。
差があるのはピックアップそのものです。ジョージ・モデルはCustom Shopの手巻きFlat Magnet Jaguar、Vintera IIIは初期60年代風、SquierはFender設計のAlnicoです。ただし直流抵抗、インダクタンス、磁石の詳細、巻き数は公表されていません。
ミュートと弦の太さは音にも演奏にも効く
ジョージ・モデルとVintera IIIには、ブリッジ付近で弦を押さえるBass VIミュートがあります。余韻を短くし、60年代のスタジオ録音を思わせる詰まった低音を作れる装置です。Squierにはありませんが、スポンジなどで弦を軽くミュートすれば近い効果は試せます。
標準弦にも差があります。低いE弦はジョージ・モデルが.095、Vintera IIIが.100、Squierが.084です。同じ30インチなら、一般に細い弦ほど張力が低く、押さえやすい反面、強く弾いたときに振幅が大きくなります。
価格差は「この1本」の再現料
フェンダーの担当者は、英国でジョージの実物を採寸し、そのデータを米国コロナ工場へ持ち帰って再構築したと説明しています。ネック形状、実機由来のピックアップ、コントロール・プレート上の手書き風の印まで個体に合わせています。
したがって165万円の中心価値は、Custom Shopによる少量生産、実機調査、狭いネック形状、手巻きピックアップ、ジョージ所有個体の来歴まで含めて「特定の1本」を再現した点です。演奏道具として機能を得るならSquier、60年代型の演奏性やミュートまで求めるならVintera III、ジョージの実機そのものに近づくことを目的にするならCustom Shop、と役割が分かれます。
ビートルズ解散後もBass VIは売られていた
Bass VIは1961年に登場し、オリジナルの生産は1975年まで続きました。ビートルズが事実上解散した1970年以降も約5年間、現行品として存在したことになります。その後も断続的に復活しています。
| 時期 | 主なモデル | 位置づけ |
|---|---|---|
| 1961~1975年 | Fender Bass VI | オリジナル生産。解散後も継続 |
| 1995~1998年 | Fender Japan Bass VI | ヴィンテージ型の再発 |
| 2004~2007年 | Jaguar Bass VI Custom | 28.5インチなどを採る派生型 |
| 2006~2008年 | Custom Shop '64 Bass VI | 初期仕様の高級再現 |
| 2013~2014年 | Pawn Shop Bass VI | ピックアップや操作系を変更した再解釈 |
| 2013年以降 | Squier Vintage Modified/Classic Vibe | 量産価格帯で定着 |
| 2023年以降 | Vintera II/III | Fenderブランドのヴィンテージ型量産品 |
| 2026年 | George Harrison 1967 Bass VI | 現存する個体を調査したアーティスト・モデル |
フェンダー自身による詳しい変遷は、公式記事「The Bass VI: Part Guitar. Part Bass. All Epic.」で確認できます。
ビートルズ関連のBass VIシグネチャーは初めてか
フェンダーはこれまで、ジョージのオール・ローズウッド・テレキャスターや、サイケデリック塗装のストラトキャスター「Rocky」を再現してきました。当ブログでも「ジョージ・ハリスンの『Rocky』を再現したギター248万円で発売」で紹介しています。
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| Limited Edition George Harrison Rosewood Telecaster |
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| Limited Edition George Harrison Rocky Strat |
一方、確認できるフェンダー/Squierの製品史では、ビートルズのメンバー名を冠し、本人所有のBass VIを再現した従来品は見当たりません。今回が、ビートルズに結び付くBass VIとして初の本格的なシグネチャー・レプリカと考えられます。
ここで注意したいのが「1967」と「1968」です。フェンダーの現行説明はジョージが1967年に入手したとしていますが、別の機材資料や報道には、フェンダーが1968年にバンドへ提供したという説明があります。1967年製の個体が1968年に使われ始めたなら両立しますが、現在の資料だけで取得時期を確定することはできません。少なくとも録音や映像で明確に姿を見せるのは1968年以降です。
なぜジョージ名義なのにジョンも弾いたのか
後期ビートルズでは、ポールがピアノやギターを弾く間、ジョージやジョンが低音を担当しました。そこで使われたのがBass VIです。今回の商品名がジョージなのは、Bass VIを彼だけが演奏したからではありません。現存し、フェンダーが調査できた基準個体がジョージ所有の1本だからです。
Bass VI使用曲とされるビートルズ曲
発売された完成版で有力
| 曲 | 奏者 | Bass VI説の根拠と注意点 |
|---|---|---|
| Rocky Raccoon | ジョン | フェンダー公式史がジョンの使用曲として明記 |
| Honey Pie | ジョージ | フェンダー公式史がジョージの使用曲として明記 |
| Birthday | ジョージ | フェンダー公式史がジョージの使用曲として明記 |
| Dig It | ジョン | 発売版のセッション編成でジョンの6弦ベースを確認できる |
| The Long and Winding Road | ジョン | 基礎録音の6弦ベースが発売版に残る。後のオーケストラ追加とは別 |
録音での使用は有力だが、完成版や機種に議論がある
| 曲 | 奏者候補 | 何が議論になるか |
|---|---|---|
| Back in the U.S.S.R. | ジョン、ジョージ | ジョンが基礎録音でBass VI。後にポールとジョージも低音を重ねており、完成版の各パートを分離しにくい |
| Helter Skelter | ジョン説 | フェンダー公式はジョンのBass VIとするが、テイクやベース担当をめぐる資料差がある |
| Let It Be | ジョン | 基礎録音では6弦ベース。完成版ではポールが通常のベースを重ね、ジョンのパートを置き換えたとされる |
| Maxwell's Silver Hammer | ジョージ | ジョージのベース担当は有力だが、Bass VIかFender Jazz Bassかで説明が分かれる |
| Golden Slumbers | ジョージ | ジョージが低音を担当した基礎録音は有力。機種をBass VIとする説とJazz Bass説がある |
| Carry That Weight | ジョージ | 「Golden Slumbers」と連続して録音。担当は有力だが、機種の断定は難しい |
| Oh! Darling | ジョージ説、ポール説 | Bass VI説はあるが、奏者と使用ベースの双方で資料が一致しない |
映像、リハーサル、弱い推測として挙がる曲
| 曲 | 確認できること | 完成版との関係 |
|---|---|---|
| Hey Jude | プロモーション映像でジョージがBass VIを持つ | 事前録音の伴奏へ合わせた映像であり、レコード使用の証拠ではない |
| Two of Us | Get Back期の試行や映像を根拠にBass VIが話題になる | 発売版の中心はアコースティック・ギターで、Bass VI使用曲とはしにくい |
| She Came In Through the Bathroom Window | Get Back期のリハーサル候補 | Abbey Road版での使用を示す根拠にはならない |
| While My Guitar Gently Weeps | 複数の低音パートからBass VI説が語られることがある | より強い資料はポールのFender Jazz Bassによる追加を示す |
| Glass Onion | Bass VI候補に挙げる資料がある | ポールと通常のベースを支持する資料が強く、低い確度に留めたい |
『The Beatles(ホワイト・アルバム)』期はメンバーの持ち替えとオーバーダブが多く、写真に写る楽器、基礎録音の楽器、最終ミックスで聞こえる楽器を区別する必要があります。
「Hey Jude」の公式映像ではジョージがBass VIを構える姿を確認できます。ただし、レコーディングで使用したかはわかりません。
ビートルズ解散後、ジョージの実機はどうなったか
長い間、この個体の行方ははっきりしていませんでした。フライアー・パークのギター・ルームを写した過去の写真にはサンバーストのBass VIらしき楽器が見えますが、それがビートルズ時代の個体かどうかまでは確認できない、とする研究もありました。
今回の製品化によって状況は進みました。フェンダーの担当者は、George Harrison Estateの協力を得て英国にあるジョージの実物を直接調査したと説明しています。つまり少なくともこの個体は失われたり、市場へ散逸したりせず、ジョージのもとから遺産管理団体へ受け継がれたことが確認できます。
ただし、現在の詳しい保管場所は公表されていません。フライアー・パークにあると推測する材料はあっても、所在地まで断定するのは避けます。また、解散後のジョージのソロ録音でこのBass VIを使用したと確認できる曲も、現時点では見つかっていません。「所有し続けたこと」と「録音で使い続けたこと」は別です。
165万円モデルのすごさ
3ピックアップ、独立スイッチ、ベースカット、30インチ・スケールという楽器の核心は、8万円台のSquierにもあります。
それでも特別なのは、後期ビートルズの録音でジョージとジョンが持ち替えた楽器が現存し、そのネックを採寸し、電装と操作部まで「この1本」に合わせて戻したことです。38.1mmのナット幅は演奏感に直結し、ミュートと弦の選択は音に直結します。レリックを除いても、単なる色違いのBass VIではありません。
一方、Bass VIらしいフレーズや音作りを実際に試す目的なら、Squierの基本回路は侮れません。Vintera IIIは7.25インチR、ローズウッド指板、ミュート、太めの弦でさらにヴィンテージ型へ近づきます。165万円という価格を正当化するのは性能の倍率ではなく、実機調査、Custom Shopの仕事、限定性、そしてジョージの所有個体を再現するという来歴です。製品発表と日本価格はフェンダーミュージックの発表資料、実機調査の経緯はフェンダー担当者Michael Schulzの説明を参照しました。











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