2026年に入ってからのポール・マッカートニーの動きを見ていると、話題が散発的に出てきたというより、明らかにひとつの流れとして動いていることがわかります。
まずはウイングス時代を中心に再検証するドキュメンタリー作品『Paul McCartney: Man on the Run』の展開、次に新作アルバム『The Boys of Dungeon Lane』(邦題『ダンジョン・レインの少年たち』)の発表、そしてその直後に行われたロサンゼルス・フォンダ・シアターでの2公演です。
2026年のポールは、懐古モードに入ったのではなく、むしろ次の局面に入るための助走を始めたと見るべきでしょう。
『Man on the Run』はウイングス時代の再評価だけでは終わらず新作発表の前振りになっている
まず大きかったのがドキュメンタリー作品『Paul McCartney: Man on the Run』です。期間限定の劇場上映(ポール本人が登壇した回もありました)、Prime Videoでの配信、さらにAudibleでの音声作品化まで含めて、かなり多面的に展開されました。
ここで重要なのは、単に「昔のポールを懐かしむ作品」が出た、ということではない点です。扱われているのは主にウイングス期ですが、それはビートルズ解散後のポールが何を失い、何を作り直し、どうやって自分の足で立ち直っていったかという話でもあります。
ビートルズという巨大な物語の後に続くキャリアは、どうしても「その後」として語られがちです。しかし演奏者の視点で見ると、ここには極めて重要なものがあります。バンドを作り直すこと、レパートリーを作り直すこと、評価を引き受けながら前に進むこと。これは単なる歴史話ではなく、あらゆるバンドが避けて通れない現実そのものです。
面白いのは、『Man on the Run』が単独で完結していないことです。普通なら、回顧ドキュメンタリーが話題になれば、そのまま「過去の偉人」として受け取られがちです。ところが今回は、その直後に新作アルバムの話が出てきました。
つまりポールは、ウイングス時代をもう一度語り直したうえで、「では今の自分は何を作るのか」をすぐに提示してきたわけです。
新アルバム『The Boys of Dungeon Lane』は、ベテランの惰性ではなく内省を武器にした作品に見える
3月26日に発表された新アルバム『The Boys of Dungeon Lane』(邦題『ダンジョン・レインの少年たち』)は、5月29日にリリース予定とされています。先行曲「Days We Left Behind」も公開され、公式情報では「内省的」で「これまで語られてこなかった記憶の断片」に踏み込む作品として位置づけられています。
ここで注目したいのは、「内省的」という言葉の意味です。長いキャリアの終盤に差しかかったベテランが、静かな作品を作ること自体は珍しくありません。しかし今回のニュアンスは、単なる円熟や穏やかさではありません。むしろ、自分の来歴を材料にしながら、なお新しい作品として成立させようとしている感じがあります。
しかも制作のきっかけとして語られているのが、Andrew Wattとの何気ないセッションや、見慣れないコード進行との出会いだったという点も興味深いところです。完成された巨匠が、完成された方法論で予定調和の作品を作った、という話ではありません。偶然の引っかかりから音楽が始まり、その先にアルバムができていったという語られ方になっています。80代になってもなお、音の偶然や作曲の初期衝動に反応している。そこに創作者としての現在形があります。
ビートルズのメンバーが新作を出すたびに、どうしても我々は「今回はどれくらいビートルズ的か」という見方をしてしまいます。しかし今回のアルバムは、そこだけで測るべきではないでしょう。むしろ、長い歴史を背負った人が、その重みそのものを作品化していることが大きいのだと思います。
その意味で『The Boys of Dungeon Lane』は、懐古と前進が同時に起きているアルバムになりそうです。過去を振り返るが、回顧趣味には閉じない。年齢を重ねたからこそ届く場所を狙っているように見えます。
フォンダ・シアター2公演は、いつも通りだった
そして、その新作発表の直後に行われたのがフォンダ・シアターでの2夜限りの公演です。
こういうタイミングで小規模公演が行われると、多くの人は「では新曲初披露があるのでは」と期待します。実際、その期待は自然です。しかし複数の現地レポートによれば、少なくとも先行曲「Days We Left Behind」は演奏されなかったようです。
アルバム発表の翌日に小箱で新曲を初披露すれば、それは確かに話題にはなります。しかし同時に、ライブが「新譜プロモーションの場」に見えやすくなります。今回はそこを避けたのでしょう。
結果としてフォンダ公演は、新作の宣伝イベントというより、小規模ギグでウォーミングアップを行う「2020年代の通常運転のポール」を近距離で体験させる場になりました。
セットリスト
Help!Coming Up
Got to Get You Into My Life
Let Me Roll It
Getting Better
Let 'Em In
My Valentine
Nineteen Hundred and Eighty-Five
Maybe I'm Amazed ※3/28のみ
I've Just Seen a Face
From Me to You ※3/28のみ
Every Night
Love Me Do ※3/27のみ
Blackbird
Now and Then
Lady Madonna
Band on the Run ※3/28のみ
Get Back
Let It Be
Hey Jude
Golden Slumbers
Carry That Weight
The End
2026年日本公演はあるのか
ファンとして最も気になるのは、やはりここです。
現時点で、公的に確認できるのは『Man on the Run』の展開、新アルバムの発表、フォンダ2公演までです。一方で、マネージャーによるQ&Aの中で2026年後半のツアーや日本訪問の可能性に触れたという二次情報も出ています。その後もヨーロッパや南米での公演を示唆する未確認情報がインターネットに流れています。
2026年は、過去の来日中止を含むポールの歴史があらためて語られ、新作が動き出し、小規模ライブまで実施されています。これで終わるより、この先にツアーや大きな発表が続くと考える方が自然です。
2018年来日以来の空白を埋めるタイミングとしても、その可能性を現実味のある希望として受け止めてよい時期ではないでしょうか。




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