ビートルズの英国公式アルバムといえば、『Please Please Me』から『Let It Be』までのオリジナルアルバムがまず思い浮かびます。しかし、その間に確かに存在しながら現在はCDでも配信でも単独作品として聴けない、かつての公式アルバムがあります。
1966年12月に発売された『A Collection of Beatles Oldies』(以下『オールディーズ』)です。ビートルズにとって最初の公式ベスト盤でした。
このアルバムは、後に登場する赤盤『The Beatles 1962–1966』と15曲を共有しています。一方、残る1曲「Bad Boy」は、1966年の英国では未発表だった特別な収録曲でした。
『オールディーズ』は赤盤の登場によってどのような存在になり、なぜCD時代には引き継がれなかったのでしょうか。発売当時の資料と英国盤の変遷からたどります。
甲虫楽団は2026年11月15日、発売60周年を迎える『オールディーズ』と『Revolver』の全曲を演奏します。ライブの詳細はこちらの告知記事をご覧ください。
『オールディーズ』はビートルズ最初の公式ベスト盤
『オールディーズ』は1966年12月9日、英国Parlophoneからモノラル盤PMC 7016、ステレオ盤PCS 7016として発売されました。
1963年の『With The Beatles』、1964年の『Beatles For Sale』、1965年の『Rubber Soul』と、英国では3年続けてクリスマス前に新作アルバムが発売されていました。しかし1966年は8月に『Revolver』を発表したばかりで、次の新作は年末商戦に間に合いませんでした。そこでEMIが既発曲を中心に編成したのが、最初の公式ベスト盤『オールディーズ』でした。
ビートルズは同年8月29日を最後に公演活動を終え、11月24日には「Strawberry Fields Forever」の録音を開始しています。したがって、この時期は活動を休止していたというより、コンサート中心の活動からスタジオ作品の制作へ移行していた時期と捉えるのが適切です。
アルバムの選曲や編集に4人が関与した形跡はなく、必要なステレオ・ミックスの作成にもメンバーは参加していません。『オールディーズ』は、ビートルズが自ら過去を総括した作品ではなく、EMIが1966年クリスマス向けの商品としてまとめたアルバムでした。
『オールディーズ』収録曲
- She Loves You
- From Me to You
- We Can Work It Out
- Help!
- Michelle
- Yesterday
- I Feel Fine
- Yellow Submarine
- Can’t Buy Me Love
- Bad Boy
- Day Tripper
- A Hard Day’s Night
- Ticket to Ride
- Paperback Writer
- Eleanor Rigby
- I Want to Hold Your Hand
16曲のうち13曲は英国でシングルとして発売され、当時の『Record Retailer』のチャートで1位になった曲です。それ以外は「Yesterday」「Michelle」「Bad Boy」の3曲でした。
「Yesterday」と「Michelle」は英国ではシングルになっていませんでしたが、国外ではシングルとして大きな成功を収めています。「Bad Boy」は性格が異なり、英国ではレコードとして一度も発売されたことのない曲でした。
一方、デビュー・シングルの「Love Me Do」と2枚目の「Please Please Me」は収録されていません。曲順も年代順ではなく、冒頭は「She Loves You」、最後は「I Want to Hold Your Hand」です。初期からの成長を順番に説明する作品ではなく、LPの両面に有力曲を配置したヒット曲集といえます。
英国LP初収録曲は多いが、完全な未発表曲は「Bad Boy」だけ
『オールディーズ』には、「From Me to You」「She Loves You」「I Want to Hold Your Hand」「I Feel Fine」「Day Tripper」「We Can Work It Out」「Paperback Writer」など、英国では初めてLPに入ることとなったシングル曲が収録されています。
ただし、これらはシングルやEPですでに購入できました。英国でどのレコードにも収録されていなかったのは「Bad Boy」だけです。
「Bad Boy」はLarry Williamsが1959年に発表した曲で、ビートルズは1965年5月10日、「Dizzy Miss Lizzy」と同じ日に録音しました。米国Capitol向けの音源として制作され、同年6月発売の米国盤『Beatles VI』に収録されています。英国のファンは、それから約1年半後の『オールディーズ』で初めてこの演奏を入手できました。
発売時から「15曲+Bad Boy」と紹介されていた
「Bad Boy」の特殊性は、後世のコレクターが発見したものではありません。発売前から、既発15曲とは区別して紹介されていました。
1966年11月19日付の英国音楽紙『Disc and Music Echo』は、『オールディーズ』を「15曲のビートルズのスタンダード曲と『Bad Boy』」からなる16曲入りの特別盤という形で紹介しています。
さらに短い記事の中で、「Bad Boy」がLarry Williams作のアップテンポ曲であること、1965年5月10日に録音されたこと、米国盤『Beatles VI』に収録済みであること、ジョンがリードを歌っていることまで説明していました。発売前の記事で曲名だけでなく来歴まで示されたのは、この曲が英国での新収録音源だったからでしょう。当時記事の引用を収録した資料
ほかの15曲がすべてLennon–McCartney作品であるのに対し、「Bad Boy」だけはカバー曲です。代表曲としての統一感よりも、既発曲を持っているファンにも購入する理由を作ることが優先されたと考えられます。
もっとも、宣伝上の目玉であることと、楽曲として高く評価されることは同じではありません。当時の『Record Mirror』評は「Please Please Me」が入っていないことを問題にし、「Bad Boy」にも否定的な評価を与えました。唯一の英国未発表曲は商品上の特色でしたが、それだけで既存ファンを満足させられるとは限らなかったのです。
初のベスト盤はチャート1位にならなかった
『オールディーズ』は英国『Record Retailer』のアルバムチャートで最高7位でした。ビートルズのそれ以前の英国オリジナルアルバムがすべて1位を記録していたことを考えると、異例の結果です。
大部分の曲をシングルやアルバムで所有していた熱心なファンにとって、英国未発表の「Bad Boy」1曲だけでは、新しいLPを買う動機として弱かった可能性があります。また、発売から4か月ほどしか経っていない『Revolver』も引き続き販売されていました。
しかし、最高7位だったことだけから失敗作と決めることはできません。英国チャートには合計34週登場し、1970年と1972年にも再びランクインしています。1971年の米国『Billboard』では、ロサンゼルスで人気の英国輸入盤の一つとして紹介されました。米国では『オールディーズ』が正規発売されなかったことに加え、英国盤は米国の通常のLPより収録曲が多く、シングル曲をまとめて聴ける利点がありました。
表ジャケットはサイケデリック時代を先取りしたのか
『オールディーズ』の表ジャケットを描いたのは、英国のアーティスト、デヴィッド・クリスチャン(David Christian)です。1966年12月3日付の米国『Billboard』は、この絵をブライアン・エプスタインが依頼した「カラフルなオプ・アート」と紹介しました。
絵の中心には、モップトップ風の髪をした男性が椅子に身を預けています。鮮やかな縞模様のパンツ、大きな柄のネクタイ、花や波のような模様、強い補色の組み合わせは、当時のカーナビー・ストリートのブティックやオプ・アート、急速に広がっていたサイケデリック文化を思わせます。「Oldies」という題名が過去を向いている一方、包装は徹底して1966年末の流行を向いていたのです。
4人が口ひげをたくわえ、極彩色の衣装で登場する「Strawberry Fields Forever」「Penny Lane」のプロモーション映像が撮影されたのは翌1967年2月です。それより約2か月早く店頭に並んだ『オールディーズ』の表紙は、モップトップ時代のヒット曲を収めながら、外見だけはすでに『Sgt. Pepper』へ向かう時代の色を帯びていました。
裏ジャケットは日本公演で「缶詰め」になった4人
裏ジャケットのカラー写真は、ビートルズに同行していた英国人写真家ロバート・ウィテカー(Robert Whitaker)の撮影です。なお、英国盤ジャケットのクレジットでは姓が「Whittaker」と、tを一つ多く誤記されています。
場所は、1966年の日本公演で4人が宿泊した東京ヒルトン(現在のキャピトル東急ホテルに連なる場所)のプレジデンシャル・スイートです。ビートルズは6月30日未明に羽田へ到着し、7月2日まで同ホテルに滞在しました。警備上の理由から、公演へ出かける以外はほとんど部屋の外へ出られませんでした。ウィテカーは飛行機内やホテル室内で撮影を許された数少ない写真家で、この東京滞在をまとまった写真記録として残しています。
写真の4人が囲んでいるのは、来客や日本側の関係者がホテルへ持ち込んだ美術品や骨董品です。厳重警備のなか、部屋には画材、着物、眼鏡、工芸品などが次々に運び込まれました。
英国盤の裏写真はなぜ裏焼きなのか
さらに面白いのは、英国オリジナル盤の裏写真が左右反転して印刷されていることです。判別の手掛かりは、ポールが着た法被風の衣服に見える「寿(KOTOBUKI)」の文字です。英国盤では文字が鏡像になっています。一方、日本盤では写真の向きが直され、文字を正しく読めます。英国盤と日本盤を見比べると、4人の並びもすべて左右逆です。
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| 日本盤 |
ただし、「なぜ反転されたか」を説明する制作記録までは確認できません。文字組みや折り返しを含むレイアウト上の判断だった可能性も、単純な製版ミスだった可能性もあります。
『オールディーズ』と1973年版赤盤の違い
1973年、解散後初の本格的な全期間ベスト盤として、前期の『The Beatles 1962–1966』と後期の『The Beatles 1967–1970』が同時発売されました。日本で「赤盤」「青盤」と呼ばれる2枚です。
赤盤が『オールディーズ』の後継として企画されたことを示す関係者発言や当時資料は確認できません。しかし、赤盤は『オールディーズ』の16曲中15曲を収録しています。収録されなかったのはカバー曲の「Bad Boy」だけでした。
| 比較項目 | 『オールディーズ』 | 赤盤『1962–1966』 |
|---|---|---|
| 発売年 | 1966年 | 1973年 |
| 発売時の状況 | ビートルズ活動中 | 解散から約3年後 |
| 対象期間 | 1963~1966年 | 1962~1966年 |
| 枚数・曲数 | 1枚・16曲 | 2枚・26曲 |
| 曲順 | 年代順ではない | おおむね年代順 |
| 最初の曲 | She Loves You | Love Me Do |
| 最後の曲 | I Want to Hold Your Hand | Yellow Submarine |
| 「Love Me Do」「Please Please Me」 | 未収録 | 収録 |
| カバー曲 | 「Bad Boy」1曲 | なし |
| 両盤の共通曲 | 15曲 | |
『オールディーズ』は、その時点でよく知られていた曲を1枚にまとめた「現在形のヒット曲集」です。赤盤はデビュー曲から1966年までを年代順にたどり、活動初期から中期への変化を2枚組で示します。
制作上の直接的なつながりは確認できないものの、赤盤が主要15曲をすべて含んだ結果、『オールディーズ』は赤盤の原型のように見えます。そして、より包括的な前期総集編である赤盤が、ベスト盤としての中心的な役割を引き継ぎました。
赤盤登場後も『オールディーズ』は消えなかった
ここで注意したいのは、1973年に赤盤が発売されると同時に『オールディーズ』が消えたわけではないことです。
英国のオリジナルParlophone盤は1971年頃にいったん廃盤になったとするディスコグラフィー資料があります。しかし1983年には、EMI傘下の廉価盤レーベルFameから、FA 4130811として再発売されました。ジャケットは基本的にオリジナルを踏襲し、右上などにFameの表示が加えられています。
赤盤が2枚組26曲の本格的な前期総集編だったのに対し、Fame版『オールディーズ』は1枚16曲の廉価盤でした。内容が大きく重なっていても、価格と商品形態の違う入門盤として共存できたのでしょう。
また「Bad Boy」は1976年の2枚組『Rock ’n’ Roll Music』にも収録されました。これにより、『オールディーズ』だけで聴ける音源ではなくなりました。15曲は赤盤に入り、残る1曲も別の公式編集盤で聴けるようになったため、選曲面での独占性は失われました。それでも、コンパクトな廉価盤としての商品価値は残っていたことになります。
『オールディーズ』はいつ廃盤になったのか
『オールディーズ』は「1987年のCD化に伴って廃盤になった」と説明されることがあります。しかし、最終的な廃盤年を一つに決めるのは難しいようです。
英国盤資料では、最初のParlophone盤が1971年頃に終了した後、1983年にFame盤として復活したことが確認できます。さらにFame盤には1986年頃、1989年頃と推定される異なるレーベル仕様の現物が存在します。少なくとも、1987年にアナログ盤が一斉に販売終了した、と単純にはいえません。英国盤の発売・再発記録、Fame盤のプレス比較
一方、1987年に始まったビートルズ作品のCD化で、『オールディーズ』が単独作品として採用されなかったことは明確です。
CD時代には英国オリジナルアルバムを中心に世界共通カタログが整備され、オリジナルアルバムに入っていないシングル、B面、別バージョンなどは、1988年発売の『Past Masters』にまとめられました。「Bad Boy」も『Past Masters Volume One』に収録され、『オールディーズ』の全16曲はほかの標準CDで入手できる状態になりました。
したがって、『オールディーズ』は1987年のある日に突然存在を抹消されたというより、CDカタログの再編に際して独立作品として継承されず、1980年代末以降、徐々に公式商品の表舞台から退いたと考えるのが自然です。
失われたのは音源ではなく、選曲と曲順
現在、『オールディーズ』の収録曲を聴くこと自体は難しくありません。全曲が現在の公式カタログに収められています。
失われたのは音源そのものではなく、1966年の時点で16曲を選び、この順番で並べた一つのアルバムとしての姿です。
「Love Me Do」も「Please Please Me」も入っていない一方、当時の最新曲「Paperback Writer」「Eleanor Rigby」「Yellow Submarine」があり、人気のアルバム曲「Yesterday」「Michelle」と英国未発表の「Bad Boy」が同居しています。この構成には、全活動期間を知った後世ではなく、1966年末のレコード会社が提示したビートルズ像が残っています。
赤盤はその主要15曲を引き継ぎながら、デビューからの歩みを年代順に再構成しました。『オールディーズ』と赤盤の違いは、単なる収録曲数の差ではありません。活動中に作られたヒット曲集と、解散後に作られた前期の総集編という、視点の違いです。
まとめ――時代とともに役割を変えた最初の公式ベスト盤
『オールディーズ』は、次のオリジナルアルバムが年末に間に合わない1966年、EMIがクリスマス向けに編成したビートルズ最初の公式ベスト盤でした。活動の総括を意図した作品ではなく、英国のナンバーワン・シングルを中心に、その時点までの代表曲を1枚にまとめた商品です。
1973年に赤盤が登場すると、『オールディーズ』の主要15曲は、より包括的な前期総集編の中に取り込まれました。それでも『オールディーズ』は直ちに消えず、1980年代には廉価盤として再発売されています。赤盤とは曲数と価格の異なる、コンパクトなヒット曲集として一定の役割が残っていました。
転機となったのは、むしろ1987~88年のCDカタログ再編です。収録曲すべてにほかの標準的な収録先が与えられたことで、『オールディーズ』は単独作品としてCD化されませんでした。現在の標準カタログには含まれませんが、非公式盤になったわけではありません。かつて約20年間、正規の商品としてビートルズの歴史の一部を担ったアルバムです。
甲虫楽団ライブのお知らせ
2026年11月15日の甲虫楽団ライブでは、『Revolver』とともに『オールディーズ』全16曲を演奏します。現在のベスト盤から代表曲を選び直すのではなく、1966年に発売された一枚のアルバムとして、その選曲をたどります。
タイトル:Revolver & Oldies リリース60周年全曲通し、からのオカちゃん壮行ライブ
日時:2026年11月15日(日) 12:00開場 13:00開演
場所:dopelounge(東京・豊島区)
アクセス:JR山手線など 池袋駅 東口徒歩5分
料金:3500円(1ドリンク込)








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