ドリー・パートン死去 ビートルズとの関係

2026年8月25日、カントリー音楽を代表するシンガー・ソングライター、ドリー・パートン(Dolly Parton)が米テネシー州ナッシュビルで亡くなりました。享年80歳。公式サイトは、穏やかに息を引き取ったと発表しています。

1974年 ポールやリンダと

「Jolene」「I Will Always Love You」「9 to 5」など、自作曲だけでアメリカ音楽史に大きな足跡を残したドリーですが、ビートルズとの縁も約半世紀に及びました。1974年にポール・マッカートニーと出会い、ビートルズの「Help!」をブルーグラスへ移し替え、ジョン・レノンの「Imagine」を歌い、晩年には「Let It Be」でポールとリンゴ・スターを自らのアルバムに迎えています。

ポールが追悼 1974年のGrand Ole Opryで初対面

訃報の翌日となる8月26日、ポールは公式サイトに追悼文を発表しました。

ポールがドリーと初めて会ったのは、1974年のナッシュビルにあるGrand Ole Opryでした。当時ポールは、リンダや子どもたちとともにテネシー州に滞在し、Wingsの「Junior's Farm」と「Sally G」を録音しています。公開された写真には、ポールとリンダを笑顔で迎えるドリーの姿が残されています。

ポールは、ドリーがカントリー歌手Porter Wagonerと活動し、「まさにソロ活動を始めようとしていた」頃だったと振り返りました。ただし、ドリーはその時点ですでにソロ・アルバムを発表し、1971年には「Joshua」でカントリー・チャート1位を獲得しています。

ここでいう「ソロ活動」は、ソロ歌手としてのデビューではなく、1967年から続いたPorterとのコンビとテレビ番組を離れ、完全に独立しようとしていた時期を指すと考えるのが自然でしょう。ドリーは別れに際して「I Will Always Love You」を書き、1974年に独立への一歩を踏み出しました。ポールが彼女と出会ったのは、まさにその転機だったのです。

1979年、「Help!」をブルーグラスに変えた

ドリーが最初に録音したビートルズ・ナンバーは「Help!」でした。1979年5月28日発売のアルバム『Great Balls of Fire』に収録されています。

ビートルズの原曲は、切迫した歌詞を疾走感のあるロック・サウンドで包んでいました。これに対してドリー版は、アコースティックな弦楽器とカントリーの歌い回しを前面に出したブルーグラス風の編曲です。AllMusicのレビューが、同作で最も純粋なカントリー曲がビートルズのカバーだったと評したのも面白いところです。

原曲を忠実に再現するのではなく、自分が育ったアパラチアの音楽へ持ち帰る。それによって「助けてほしい」という歌詞の切実さが、別の角度から浮かび上がりました。ドリーのカバーは、ジャンルを越えるとは原曲から離れることではなく、原曲の核を別の音楽で見つけ直すことだと教えてくれます。

2005年、ジョン・レノンの「Imagine」を歌う

2005年には、1960~70年代の名曲を集めたアルバム『Those Were the Days』で、ジョン・レノンの「Imagine」を取り上げました。同作では全曲にゲストを迎えており、「Imagine」にはピアニスト兼プロデューサーのDavid Fosterが参加しています。アルバムは同年10月11日に発売されました。

ドリーの声にはカントリー特有の土の匂いがありますが、この録音では派手な節回しを抑え、祈りのように言葉を置いていきます。プロモーション映像にはジョンとヨーコ・オノの私的なフィルムも用いられました。

「Help!」ではビートルズ曲を自分の故郷へ引き寄せ、「Imagine」ではジョンの言葉の前に静かに立つ。同じカバーでも、その向き合い方は対照的です。

2023年、「Let It Be」にポールとリンゴが参加

最大の接点となったのが、2023年8月18日に先行公開された「Let It Be」です。ドリー初の本格的なロック・アルバム『Rockstar』のために録音され、ポールがボーカルとピアノ、リンゴがドラムで参加。さらにPeter Framptonがギター、Fleetwood MacのMick Fleetwoodも加わりました。

2022年にRock & Roll Hall of Fame入りが決まった際、ドリーは当初、自分はロック・アーティストではないとして候補辞退の意向を示しました。しかし最終的に殿堂入りを受け入れ、「それならロック・アルバムを作らなければ」と完成させたのが『Rockstar』です。そこに選んだビートルズ曲が「Let It Be」でした。

なお、参加者全員が同じスタジオで同時に演奏したと確認されているわけではありません。それでも、ドリーの歌を中心にポールのピアノとリンゴのドラムが再び一つのレコードに収まった事実には、十分な重みがあります。

ポールは今回の追悼文で、ドリーが自作の「Let It Be」を歌ってくれたことを「これ以上ない名誉」と表現し、自分の参加は小さなものだったと謙虚に振り返りました。曲を提供した側ではなく、ドリーに歌ってもらった側として感謝しているところに、彼女への敬意が表れています。

リンゴも8月25日、公式SNSでドリーに神の祝福を願い、遺族へ「peace and love」を送りました。



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