デビューアルバム発売日がビートルズの「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」と同じ、ビートルズのホワイトアルバム期に録音現場を仕切っていたケン・スコットをプロデューサーに起用するなど、ビートルズとは縁がありますが、ビートルズ現役時代は目立った交流が無かったようです。1974年に初めて会ったジョン・レノンとは親交を深め、アルバムで共作するに至っています。
1999年バークリー音楽大学の卒業式でジョン・レノンについて語るデヴィッド・ボウイ
ビートルズの「Across the Universe」をカバー
ジョン・レノンと"Fame"を共作
デヴィッド・ボウイと他のビートルズのメンバーに関連する映像がいくつか残っています。
ポール・マッカートニーとステージ上で共演
ジョージ・ハリスンの「 Try Some, Buy Some」をカバー
リンゴ・スターと楽屋で談笑
ポール・マッカートニーが追悼コメントを発表しました。
Paul on @DavidBowieReal https://t.co/KVxmjBdYT1 pic.twitter.com/aNJi3BjAuv
— Paul McCartney (@PaulMcCartney) 2016, 1月 11
NMEによる訳「雨の朝、とても悲しいニュースで目覚めました。デヴィッドは偉大なスターで、彼と共に過ごせた時間を宝物のように思っています。彼の音楽は英国の音楽史に於いて重要な役割を果たしており、彼が世界中の人々に与えた膨大な影響を誇らしく思います。彼のご家族へ心からお悔やみを申し上げます。長年に渡って彼と笑いあったことはいつまでも忘れません。彼の星は永遠に空に輝き続けるでしょう」
オノ・ヨーコが追悼コメントを発表しました。
As John & I had very few friends, we felt David was as close as family. Sweet memories will stay with us forever. pic.twitter.com/WoZsztnm4E
— Yoko Ono (@yokoono) 2016, 1月 11
NMEによる訳「ジョンとデヴィッド・ボウイはお互いに尊敬していました。知的な部分でも才能の面でもよく合っていたのです。ジョンとわたしは友達がわずかでしたが、デヴィッドについては家族のように近い存在に感じていました。ジョンが亡くなった後、デヴィッドはショーンとわたしのためにいつもいてくれました。ショーンがスイスで全寮制の学校に通っていた頃、デヴィッドは彼を連れ出して、美術館などに連れていってくれたのです。また、ジュネーヴにあるレコーディング・スタジオにもよく行かせてもらっていました。ショーンにとって、こうした体験は失ってしまった父親代わりのものでした。ショーンにはきっと辛いことでしょう。でも、永遠に残る素晴らしい思い出もわたしたちは持っているのです」
ショーン・レノンがツイートしています。
Absolutely devastating news. I feel so lucky to have considered you a friend. R.I.P. Thank you… https://t.co/aQLnuW6Q9r
— Sean Ono Lennon (@seanonolennon) 2016, 1月 11
リンゴ・スターもツイートしています。
God bless David Bowie peace and love to all his family 😎✌️🌟💖
— Ringo Starr (@ringostarrmusic) 2016, 1月 11
2 コメント
83年に来たとき横浜スタジアムで見た。
返信削除昼間の公演だった気がする。
でっかい風船が客席に投げ込まれて。地球のイラストがあったかな?あまり覚えてない。
映画「地球に落ちてきた男」は中学生くらいの頃に一度みただけで、面白かった記憶はない。
もう一度見てみよう…合掌。
コメントありがとうございます。
削除夜のニュース番組ではトップニュースの扱いでした。
日本でも人気が高かったと思います。