2005年7月2日 LIVE8のステージで共演するジョージ・マイケルとポール・マッカートニー |
LIVE8の打ち上げ? |
1985年に二人はLIVE AID(アフリカ難民救済チャリティーコンサート)で同じステージに立っています。
1999年に開催されたポールの亡妻リンダの追悼コンサートではトップ・バッターを務めました。
その後2005年に開催されたLIVE 8(LIVE AIDの続編的チャリティコンサート)では共演を果たしています。
これがきっかけか、同年にジョージ・マイケルの曲『Heal The Pain』にゲストボーカリストとしてポールが参加しました(発売は翌年)。
2008年に開催されたリンダの写真展にも姿を現しています。
2008年4月23日 |
George... you inspired, you filled the room with no apology and filled my childhood with such moments of magnificence... thank you x Stella pic.twitter.com/Tpp3CVpgrx— Stella McCartney (@StellaMcCartney) 2016年12月26日
2010年に大麻を吸引して自動車を運転したとして実刑判決を受けた際は獄中でポールからの手紙を受け取ったそうです。
ジョージ・マイケルの訃報に接し、ポールは声明を発表しました。
ポール・マッカートニー、ジョージ・マイケルの訃報を受けて声明を発表(NME)Paul on George Michael: https://t.co/t7vu2Hyjey pic.twitter.com/ZBq0VsTatB— Paul McCartney (@PaulMcCartney) 2016年12月26日
それに先んじてリンゴ・スターは追悼コメントをツイートしました。
ジョージ・ハリスンとは一緒に写った写真が存在します。God bless George Michael peace and love to all his friends and family 😎✌️🌟💖— #RingoStarr (@ringostarrmusic) 2016年12月26日
ジョン・レノン関連の話題としてはジョンが『Imagine』の作曲に使用したピアノを2000年に145万ポンド(当時のレートで約2億3000万円)で落札した、ということもありました。ジョン個人というよりは『Imagine』という曲に感銘を受けて、そのピアノをイギリスに残すための行動だったようです。具体的には日本に買われることを危惧していたようでした。後にそのピアノをバージニア工科大学銃乱射事件(2007年)の被害者のために寄贈した・・・という報道がありましたが、今回の死去に付随する報道ではイギリスに残る、となっています。寄贈ではなく貸しただけだったのかもしれません。
手前の方のピアノ |
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