2013年12月7日土曜日

映画「愛しのフリーダ」今日封切 来日時インタビューまとめ

1972年までビートルズ公式ファンクラブ代表を務めたフリーダ・ケリー。彼女を題材にしたドキュメンタリー映画「愛しのフリーダ」が2013年12月7日から日本各地で上映されます。

愛しのフリーダ ザ・ビートルズと過ごした11年間
http://freda.jp/

2013年11月にフリーダ・ケリーは映画のプロモーションのために来日しました。その際行われたインタビューが続々と公開されています。
2013年11月来日時のフリーダ・ケリー


ビートルズのドキュメンタリー『愛しのフリーダ』上映会に元ビートルズの秘書が登場(シネママガジン)
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81.3 FM J-WAVE : RENDEZ-VOUSでのインタビュー
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ザ・ビートルズを支えた元秘書フリーダ・ケリーが明かす11年「人生を見せてもらった」(映画.com)
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元秘書が明かす ビートルズの真実 思慮深いジョージ、本当は優しいジョン(東京新聞)
【インタビュー】フリーダ・ケリー、ザ・ビートルズとの想い出を語る(BARKS)
映画「愛しのフリーダ」 “ビートルズの秘書”初めて語る青春の日々(産経ニュース)
【インタビュー】元秘書が語るビートルズ「みんなリーダーになりたいって思ってたのかも?」(RBB TODAY)
元秘書が解くビートルズ50年の「封印」(Newsweek)
ビートルズの光と影──。映画「愛しのフリーダ」監督インタビュー(Stereo Sound)

多くの取材を受けていたことに驚きます。同じような質問をされて大変だったことでしょう。以下に印象的な発言をまとめました。

ビートルズとのかかわり

  • 最初のステージはたった5分しか見ていないんですが、ポールがBEST LOOKINGだと思いました。
  • 私はレザー・ルックが好きでした(笑)。でも彼らは変わらなければならなかったんです。
  • 当時、ビートルズをリバプールで見た人たちは、彼らは絶対にヒットして有名になるっていうのは思っていました。それは見れば分かるもので、それだけのものを持ってた。ただし、ここまでとは思わなかったですね。
  • メンバーはよく私の部屋に立ち寄って世間話をしたの。次のライブでどんな曲を演奏するとか、たわいのない話よ。当時のメンバーは暇さえあると演奏の練習をしていた。

ビートルズの作品

  • (好きな曲) 「フール・オン・ザ・ヒル」(1967年)、「マジカル・ミステリー・ツアー」(同)、「ペニー・レイン」(同)といったところかしら。「ペニー・レイン」は、リヴァプールの「ペニー・レイン通り」がモチーフになっている曲ですが、私自身も当時、ペニー・レイン通りに住んでいましたから。
  •  ポール(マッカートニー)が歌う「ベサメ・ムーチョ」。この曲を聴く時は、ポールが私のために歌っていると思い込むようにしているんです(笑)。
  • ビートルズの曲は今でもよく聴いていて、私のiPhone(アイフォーン)には彼らの曲が全部入っているんですよ。
  • (好きなアルバム)『プリーズ・プリーズ・ミー』、なぜなら最初の作品だから。でも『リボルバー』も『ビートルズ・フォー・セール』も、それに『サージェント・ペパー』も......。全部挙げちゃう(笑)。

ジョン・レノンについて

  • ジョンは、いろんな要素が混ざっていて複雑。そしてとてもに自分に正直な人だったと思います。例えば、彼が沈んでいるときは、無理に彼を元気づけたりなんかする必要はなくて、逆に放っとく必要がある。そんなタイプの人でしたね。
  • ジョンは気分の波がすごく激しくて。人はジョンをよく尊大で他人にきつい人だって思いがちで、確かにジョンには荒れる時もあったけど、実はすごく面倒見のいいところがあったのよ。
  • 歯に衣(きぬ)着せぬ物言いで勝手なことばかり言う人。口論したこともあった。本当は優しいのに、それをあまり表に出さなかった。
  • (ジョンの訃報に際し)あまりのショックで、誰かとジョンの話をすることさえ出来ませんでした。ジョンの死が持つ意味というものを自分なりに咀嚼(そしゃく)し、自分自身を納得させることが出来るまで、ジョンのことを話題に出来なかったんです。そんな時期がずいぶん長く続きました。

ポール・マッカートニーについて

  • ポールはいつも穏やかで、怒った彼を見たことがない。例えば記者会見があるとして、みんなが騒いでいても、ポールがいればきっとうまくやってくれるだろう、と信頼を寄せることができる。質問されてもどのような状況でもうまくきちっと説明ができる、一番頼りになる人でした。

ジョージ・ハリスンについて

  • ジョージは、とっても思慮深い人。彼は“静かなビートルズ”と言われていますが、実はそんなにおとなしいわけじゃない。、話すと結構喋るんですけど、非常に思慮深い人ですね。
  • 芝地を指す「sod」には、リバプール独特の俗語で「厄介なヤツ」という意味もある。ジョージは苦手な人が部屋に入ってくると絶妙なタイミングで「芝」と言ってみんなを笑い転げさせた。 
  • ジョージはよく気の付くタイプで、『きっとサインしなきゃならない、そこの棚に入っているものはなに?』っていつも訊いてくるの。
  • 思慮深い人で、ひそかにいろいろと寄付行為もしていた
  • 確かにジョージは成長したと思います。ただ、ザ・ビートルズの初期、レザー・ルックの時代からジョージは何曲も歌っていました。ザ・ビートルズが解散したあと、ジョージがたくさんの曲を出したので、ようやくその才能を開花させたというふうにみなさんには見えたんでしょう

リンゴ・スターについて

  • リンゴは“ハッピービートルズ”。メンバーの中でも一番楽しいことを常に探している人。
  • リッチー(リンゴ)はいつもにこにこしてて。ミスター・ハッピーだった。

ブライアン・エプスタインについて

  • 彼はオフィスでは特に厳しく、ミスを許さないところがありました。絶対に「エピー」という愛称で面と向かって呼ぶなんて考えられなかった。あくまで「ミスター・エプスタイン」あるいは「ミスター・ブライアン」。
  • よく彼を「5人目のビートルズ」と呼ぶ人がいますが、私はそうは思いません。むしろ、(ビートルズのロードマネージャーだった)ニール・アスピノールの方が「5人目のビートルズ」でしょう。メンバーが一番信頼していた人だから。
  • 私は「5人目のビートルズ」とか「6人目のビートルズ」という言い方は嫌い。彼らがいなくても、ビートルズはある程度の成功はしたはずです。

メンバー間の関係とビートルズ解散

  • 才能あふれた人であるけれど、やっぱり普通の人間だった。特別な人だと感じるかもしれないけれど、そんなことはなかった。彼らなりにあがき、苦労したことで今がある
  • (ジョンとポール)どちらがリーダーということではなく、二人ともグループをリードしていたということです。確かにグループをスタートしたのはジョンでした。でもポールにはとても強い個性があり、お互いに影響を与え合っていました。だから、どちらがリーダーということはなかったと思います。
  • 曲を作っている時以外しか見てないですが、2人の関係は決して危機的な状況に陥ることはありませんでした。何があっても必ず最後は笑って終わる、というような。
  • ブライアン・エプスタインが亡くなって、ポールが『MAGICAL MYSTERY TOUR』をリードしたのは確かです。でもそれは、ジョンに取って代わったということではないと私は思います。
  • ジョージはあの頃は“QUIET ONE”と言われていましたが、私の印象は違います。彼にもとても大きな音楽のバックグラウンドがあり、面白い表現や素晴らしい言葉をたくさん生み出していました。リンゴもそう。つまり4人はそれぞれ異なる強い個性の持ち主で、誰も誰かに代わることはできなかったんです。
  • (ビートルズ解散時)メンバーたちはグループに入った亀裂を意識していたし、必死に修復しようとしていた。それまでの2年間でいろんなものが壊れてしまい、私はもうここを出て行きたいと思っていました。
  • (ビートルズ再結成は)すべきではないと思ったし、ましてやメンバーの子どもを交えて(の再結成)なんてありえない

現在のビートルズのメンバー

  • 長い間会っていないし、関係はない。コンサートに行ったりするときに顔を出すことはあります
  • (ポール日本公演に参加して)ビートルズの曲がたくさん聴けてうれしかった。日本のファンの反応にポール自身も気をよくしたはず。もう一枚ロックアルバムを出し、数年後にきっとまた来ると思います。
  • (ポールとリンゴが現役で活動しているのは)素晴らしいことです。ポールは今もコンサートで歌って踊っていますね。私も60代ですが、今も若々しい服を着るようにしています。私たちは、年齢にふさわしい行動をとるつもりはまったくないんです(笑)。
  • (映画へビートルズの曲の使用許可が下りたことについて)わたしは滅多なことじゃ驚かない人間なんだけど、監督からスカイプで4曲使えるようになったって教えてもらった時には(嗚咽で)喉が詰まっちゃって。『まだ憶えててくれたのね』って思えてね
  •  もし今、彼ら(ジョンとジョージを含むビートルズ)に再び会えるなら、何か特別な会話を交わすのではなくて、当時のようにカジュアルな話が自然に出来たらいいなと思います。

日本へのメッセージ

  • 日本のみなさん、とくに若い人が知っている“出来上がっているビートルズ”ではなくて、初期のビートルズをぜひ観にきていただきたいです。
 
海外では既にDVDとBlu-rayがリリースされています。以下のような仕様です。
  • 英語、フランス語、スペイン語の字幕あり
  • フリーダケリーとライアン・ホワイト監督によるオーディオコメンタリー
  • 5つの未公開シーン(計10分間)
  • 「The Fest For Beatles Fans」における質疑応答の様子(22分間)
  • ライアン・ホワイト監督 インタビュー
  • フォトギャラリーなど

2 件のコメント:

  1. 今日愛しのフリーダ見て来ました。ビートルズを本当に愛し彼らの最大の理解者、友人だったと思いました。一番印象的だったのはサインのゴム印をメンバーが嫌ったことでしょうか。エルヴィスプレスリーは同じような秘書がサインの代筆をしてファンにフアンレターの返信をしてたのですがビートルズは違ったのはフリーダがいたおかげだったんですね。大したものです。今も尚、普通の一般人と同じでビートルズのサインを売りさばいていない人間性に感動しました。

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    1. コメントありがとうございます。

      公開初日の満足度も高いようです。
      http://ure.pia.co.jp/articles/-/19415
      多くの人にこの映画を見てもらいたいです。

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