ベンチャーズとビートルズが日本に残したもの

ベンチャーズとビートルズは、しばしば「別ジャンル」として語られてきました。インストゥルメンタルと歌モノ。アメリカとイギリス。ギターの高揚感、メロディに乗せたメッセージ。

確かに表面的には違いがあります。しかし、ロックの歴史を少し丁寧にたどってみると、両者は驚くほど多くの点で重なり合っています。とくに日本においては。

全盛期はどちらも1960年代

ベンチャーズは1958年に結成され、1960年代初頭にはすでにアメリカで成功を収めていました。ビートルズがデビューし、世界的な成功を収めるのも、同じく1960年代前半です。

1964年、ビートルズはアメリカで社会現象となり、ビルボードチャートの上位を独占します。同じ頃、日本ではベンチャーズが再来日し、急速に人気を拡大していきました。

両バンドとも基本的な楽器編成は同じでリードギター、サイドギター、ベース、ドラムの4人組です。

ベンチャーズの音楽と日本の不思議な縁

まずベンチャーズはインストゥルメンタル(器楽曲)なので言語の壁が存在しません。英語に馴染みが無い日本人にとっては入り込みやすかったでしょう。

ベンチャーズのサウンドを象徴する奏法として、「テケテケ」と称されるクロマティック・ラン(トレモロ・グリッサンド)があリます。低音弦を高速でピッキングしながら音階を下降させるこの奏法は、サーフ・ロック特有のスピード感と緊張感を生み出しています。

この「テケテケ」という音が、日本の伝統楽器である三味線のバチ捌きが生むパーカッシブな音色と類似していると指摘されることがあります。

ベンチャーズの楽曲は、短調(マイナーキー)の楽曲が多いです。日本の伝統的な音階である「ヨナ抜き短音階」(西洋音楽の短音階から第4音と第7音を抜いたもの)とベンチャーズのメロディラインに親和性を感じます。これは後述する「ベンチャーズ歌謡」の成功が証明しています。

彼らの演奏スタイルは、ロックのビート(バックビート)を持ちながら、メロディには日本的な「泣き」の要素を含んでいた。この「洋魂和才」的な音楽構造こそが、彼らが日本市場で特異な地位を築いた最大の音楽的要因でしょう。

日本におけるビートルズのブームは作られた

一方、ビートルズはなぜ日本人に受け入れられたのでしょう。現代まで評価が色褪せない圧倒的な普遍性がある、それだけで説明としては充分かもしれませんが、当時の日本でのプロモーション活動の影響に触れないわけにはいきません。当時の東芝音楽工業のディレクター、高嶋弘之さんによる極めて計算された、攻撃的なプロモーション戦略の賜物であったということです。

英語の歌詞が理解されにくい日本市場において、高嶋さんは原題の意味を無視してでも日本人の琴線に触れる「邦題」をつける戦略を徹底しました。「抱きしめたい」 (I Want To Hold Your Hand): 原題の直訳(「君の手を握りたい」)より直接的な男女の接触をにおわせ、「涙の乗車券」 (Ticket To Ride): 直訳(「乗車券」)に「涙の」と添えることで哀愁を漂わせ、「ノルウェーの森」 (Norwegian Wood): 原題の「ノルウェー産の家具(木材)」に対し、誤訳を承知で「森」という文学的なイメージを付与、・・・など枚挙にいとまがありません。

さらには「髪型(マッシュルームカット)」を流行らせるためにメディアを仕込んでヤラセを行ったり、リクエスト番組で組織票を動員して流行っている感を出したり、など現代なら炎上間違いなしの様々な手を打っています。

これらの戦略により、ビートルズは「音楽」として聴かれる前に、「避けて通れない社会現象」として日本の若者の意識に刷り込まれたのでした。

両者の来日時の状況

ベンチャーズは1965年の来日をきっかけに、日本中を巻き込むエレキ・ブームの中心となりました。地方都市の市民会館を巡り、若者たちに「生のエレキサウンド」を体験させた存在です。このツアーの特徴は、東京だけでなく地方まで網羅した点にありました。それにより、都市部の一部だけではなく日本全国にギター文化が広がっていきます。実際、この時期の日本ではエレキギターの販売数が爆発的に伸び、楽器を持つこと自体が若者文化の一部になりました。

一方、ビートルズの1966年の来日は性格の異なる出来事でした。会場は日本武道館のみ。厳重な警備、着席での鑑賞、立ち上がることすら制限された環境。ここで重要なのは、ビートルズの来日公演が「音楽をじっくり聴く場」というより、時代の象徴を目撃する場として受け止められていた点です。

当時の日本では、ベンチャーズは「弾く音楽」、ビートルズは「憧れる音楽」として、役割が自然と分かれていたと言えるでしょう。

どちらも「演奏され続けることで生きてきた音楽」

ベンチャーズとビートルズに共通する重要な点は、どちらも「現代まで演奏され続けてきた音楽」であることです。

ベンチャーズの楽曲は、構造が明快で演奏すること自体が楽しさにつながります。そのため、日本では無数のコピーバンドが生まれ、学校の部室やスタジオで繰り返し演奏されてきました。

ビートルズの楽曲もまた、コピーバンド文化の中で生き続けてきました。ハーモニー、アレンジ、構成。再現しようとすることで楽曲の奥行きが見えてくる音楽です。

録音物としてだけでなく、ステージ上で鳴り続けてきた。この点において、両者は非常に近い存在です。

共通するルーツ:ロックンロールとギター

音楽的なルーツをたどると、ベンチャーズとビートルズは同じ源流に行き着きます。チャック・ベリー、カール・パーキンス、エルヴィス・プレスリー。ロックンロール初期のアメリカ音楽です。


ギタリスト同士の共鳴

ビートルズのジョージ・ハリスンとベンチャーズのノーキー・エドワーズの類似性について、エリック・ジョンソン(Eric Johnson)をはじめとする後続のギタリストたちがたびたび語っています。過度な歪みに頼らずメロディを重視し、「速さ」よりも「歌わせること」を大切にしていた点が共通しています。両者ともカントリーの影響を感じるところが特徴的です。

「イギリスにはシャドウズ(The Shadows)がいるが、僕はいつもベンチャーズを選んでいた(I've always opted for The Ventures)」というジョージ・ハリスンの証言も残っています。ビートルズのサウンドが当初からアメリカ的なギター感覚と強く結びついていたことを示しています。

ベンチャーズ側は、ビートルズ現役時代から現代に至るまでビートルズの楽曲を積極的にインストゥルメンタル化してきました。「I Feel Fine」「Michelle」「Eleanor Rigby」「Strawberry Fields Forever」など、初期から後期まで幅広く取り上げています。

日本独自の展開:「ベンチャーズ歌謡」とGS

日本では、ベンチャーズの影響がさらに独自の形で発展しました。ベンチャーズが日本向けに作曲したいわゆる「ベンチャーズ歌謡」と呼ばれる楽曲群です。「京都の恋」「京都慕情」など、日本的な旋律とエレキギターを融合させた音楽が生まれました。

同じ頃エレキギターサウンドと情熱的なボーカルでブームを形成したのがグループ・サウンズ(GS)です。多くのGSバンドは、ベンチャーズの影響で楽器を手にし、ビートルズの影響で歌うようになりました。技術面の骨組みにはベンチャーズがあり、精神的な道標としてビートルズがあったように感じます。

ベンチャーズとビートルズを同時に体験できるイベント

こうした歴史を踏まえると、ベンチャーズとビートルズが同じ時代、同じルーツ、同じ日本の土壌で受け止められてきた音楽だということがわかります。

両者の音楽を同じ場所で聴くことは違和感ではなく、「時代を多面的に聴く」体験になります。そんなイベントが今回開催されます。

タイトル:Rock History Live Vol.2
“The Beatles vs The Ventures” ザ・ビートルズvsザ・ベンチャーズ
日時:2026年4月18日(土)15:00開場 15:30開演
場所:J:COMコール田無 多目的ホール(東京・西東京市)
西武新宿線田無駅 北口徒歩約7分
料金:全席自由席 一般3,000円(税込) 学生2,000円(税込) 
出演:THE BLUE(ビートルズ)、仙台ベンチャーズ (ベンチャーズ)、甲虫楽団(ビートルズ)
「ビートルズ中後期サウンド追求バンド」がモットーの我々「甲虫楽団(こうちゅうがくだん)」も出演します。

ビートルズだけのファン、ベンチャーズだけのファンどちらの方にとってもおすすめのイベントです。1960年代の日本が体験した衝撃の理解と再発見になるかもしれません。

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