1968年マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーのアシュラム(僧院)で偶然ビートルズに出会ったカナダ人青年はビートルズの鮮明な写真を数多く収め後世に残しました。その本人ポール・サルツマンが監督・脚本・製作、そして出演するドキュメンタリー映画『ミーティング・ザ・ビートルズ・イン・インド』が2022年9月23日から日本で劇場公開されます。その試写会に行ってきました。
2022年9月23日公開 公開初日は2種のトークイベントつき上映回あり
試写会概要
日 時 9月12日(月) 開場18:45/開映19:00
上映終了後トークショー 藤本国彦×星加ルミ子(約30分)
会 場 ヒューマントラストシネマ渋谷
ネタバレ無し感想
マハリシの代名詞である超越瞑想(Transcendental Meditation)の宣伝映画のようでした。作品中では第三者の批判的な意見も取り入れているものの、興味・関心が無い人にとっては退屈な時間もあると思います。最低限デヴィッド・リンチの出演は要らなかったのでは?
アシュラムで出会ったビートルズとの対話の再現には一気に引き込まれます。ファンとしてはもう少しこの要素を増やしてほしかったところです。とはいえ本作はあくまでポール・サルツマンの私的な回顧録なので(モーガン・フリーマンのナレーションはごく一部で、大半は彼自身が喋っている)ビートルズファン視点の過度な期待は禁物です。
ビートルズのインド滞在については数多くの鮮明なオフショットが残っていることが印象的ですが、それらの多くをポール・サルツマンが撮影していたことを今回初めて知りました。「ビートルズと会った青年の話」というより「写真に込められた秘話を追う旅」と捉えた方が今作を過不足無く味わえると思います。
原作ともいえる彼自身の著作が過去にいくつか発売されています。
『ビートルズとインド』 との違い
「ビートルズ」「インド」というと今年日本で放送/配信された『ビートルズとインド』(以降同作を『と』今回の映画を『イン』と表記)が思い浮かびます。同作のレビューはこちら↓
レビュー:ドキュメンタリー映画『ビートルズとインド』(NHK BS1『BS世界のドキュメンタリー』)
制作は『と』が2021年、『イン』は2020年です(日本での公開順序と逆)。 まず、『と』はTVドキュメンタリー、『イン』は劇場公開作品と位置付けられるので映像の質感や日本語化の対応が異なります(『と』は過去のインタビュー映像以外は日本語吹き替え)。
なお、『イン』の公開に触発されたのか、『と』の日本向けDVDが『ザ・ビートルズ・アンド・インディア』(題名がややこしい・・・)として2022年10月7日に発売されます。DVDの音声は日本語吹き替えではなく英語のようです。
『と』も1968年のインド滞在を取り上げていますがそれは全体の三分の一程度の量であり(それでも現地映像は『と』の方が豊富)、他の部分ではビートルズとインドの出会いから2000年代のビートルズとインド、そしてマハリシの死までも幅広く描いています。インド側の視点が豊富なのも特徴で、インタビューで登場しているのもインド側の人物が大半です。
『イン』はポール・サルツマンによるミクロな視点の映画なので、日本での公開順そのまま『と』→『イン』の順番に見るのがお勧めです。 使用されている当時の映像(ビートルズ本人のインタビュー映像含む)は両作でほとんど被っていないので重複感はありません。
マーク・ルイソンとパティ・ボイドは両作に出演していますが、『と』はマーク・ルイソンの現地取材映像は無くパティ・ボイドは声のみの出演です。
『と』も『イン』もビートルズ本人の曲は流れません(『イン』では出演者がピアノで演奏するシーンあり)。両方とも楽曲誕生秘話が豊富なので流れないのは違和感あります。『イン』はデヴィッド・リンチも深く関わっているので超越瞑想つながりでリンゴ・スターやポール・マッカートニーにアプローチしてなんとかならなかったのでしょうか…。
デヴィッド・リンチとビートルズ(とくにリンゴ)の関係については過去の記事をご覧ください。
リンゴ・スター 終身名誉ピース&ラブ就任 ポール・マッカートニーとの共演予定を語る
トークショーの内容
トークショーのゲストは事前に明かされていませんでした。今作の字幕監修を担当し二日前の名古屋での先行上映にも出演していた藤本国彦さんの登壇は予想通りでしたが、星加ルミ子さんも来るとは意外でした。
というのも、星加さんは数多くのビートルズとのエピソードを持っていますがインド期については関わり無いイメージだったのです。そこはさすがの星加さん。しっかり今作にからめた引き出しを開けてくれました。
- 前年「The Fool On The Hill」レコーディング訪問時にポールにプレゼントしたちゃんちゃんこをポールはインドに持っていって着ていた
- ビートルズがインドから帰国した直後にアップルのビルで偶然ジョン、ポール、ジョージ、さらにドノヴァン(彼もインドに同行)に出くわして、ポールがテレビ映画『Magical Mystery Tour』の買い付け金額のディスカウントを口利きしてくれた
星加ルミ子さんが服をプレゼントしたときの写真 |
確かに翌年のインドでポールが着ています |
僕はこれまでビートルズ関連イベントで何度か星加さんのお話を聞いたことがあります。今回も鉄板の「日本刀(真剣?)を隠し持ってブライアン・エプスタインに背水の陣で対峙」のトークがありましたが、毎回少しずつ強調するポイントが異なっており今回も楽しめました。ご本人は冒頭もうあまり人前に出るつもりが無い、とおっしゃっていましたがまだまだ健在なマシンガントークで引き続きビートルズ界隈を盛り上げてほしいです。
ネタバレあり感想
今作は2020年制作、2022年日本公開ですが、撮影は2018年のようです。つまりビートルズのインド滞在50周年に撮影されたというです。その特別感がポール・サルツマンはじめ様々な人を突き動かして貴重な映像の撮影に成功したということでしょう。例えば、パティ・ボイドや妹のジェニーが顔出し出演したのはリヴァプールの博物館「Beatles Story」インド滞在コーナーのオープンイベントに呼ばれていたおかげだと思います。
ジェニー/パティ・ボイドとポール・サルツマン(リヴァプールにて) |
自分探しの旅でアシュラムを訪れた青年が半世紀経過の感慨に浸って自身の足跡をたどる映画なのでどうしても自分語りが多くなってしまいます。超越瞑想を肯定するスピリチュアルな発言が大半で正直疲れます。
ビートルズとは異なり彼には当時の映像や写真が不足しているのでどうやって回想するのかと思っていたら、少しだけ動くアメコミ風の画を多用していました。安っぽさは否めずここは笑いどころかもしれません。もちろんビートルズも登場します。どの程度似ているかは劇場でご確認ください。絵の中のビートルズが語る内容はどれも温かく深いです。都会から離れ精神的に落ち着いていたからだと思います。
本作の後半はポール・サルツマンと世界一のビートルズ研究家マーク・ルイソンのロードムービーといった内容になっています。僕はマーク・ルイソンが動くところをここまで長時間見たこと無かったのですが、お茶目な人でまさしくビートルズオタクなのだと感じました。エンディングの夜のシーンは不慣れな感じがして笑えてきました。初インドだったようで所々で興奮して無尽蔵なビートルズ知識を次から次と早口に披露します。その熱量がポール・サルツマンには響いておらず所々見解の相違が見られるところも。
ビートルズはインドで何曲作ったか?というテーマでルイソンは日本のジョン・レノン・ミュージアム(2010年閉館)で発売されていた本を引っ張り出して主張していましたが(インドまで持っていったの!?)、ポール・サルツマンは当事者のプライドで跳ねのけていました。この討論のシーンはそれまでの内省的な映画の流れからは明らかに異質です。インドで数多の曲を作った(その場に自分もいた)ことは明言したいが肝心の曲数がマーク・ルイソンと折り合わないためしかたなく両者の見解を入れた(そうしないとマーク・ルイソンが納得せず彼の登場シーンが上映できない)、というところでしょうか。
こういったマーク・ルイソンがビートルズファン視点で当事者に切り込むというシーンをもっと見たかったです。全編を「ポールとマークのインド珍道中」みたいな作りにしたらより楽しめたと思います。
批判的なレビューになってしまいましたが、素顔のビートルズに触れた感覚になれる(リンゴはいつもどおり空気)のは間違いなく、"バンガロー・ビル"へのインタビューも実現しているので見て損は無い映画です。星加ルミ子さんもポール・サルツマンもビートルズのメンバーを「地に足がついた気さくな人」と評していたのが印象的でした。
追記:2023年4月26日にDVDが発売されます。
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