レビュー:書籍『ザ・ビートルズ:Get Back』 解釈が難しい

発売から1か月超、書籍『ザ・ビートルズ:Get Back』をようやく読破しました。なんとか映像版配信開始に間に合いました。現時点での感想をまとめます。

シュリンクされている状態

何が言いたいのかわからず読みにくい

劇でもなく対談でもなく、日常会話を隠し録りしたようなテープからの書き起こしなのでとにかくわかりにくいです。誰がどういった目的で誰に向けた発言なのかわからず、ごく少数のト書きを除いては身振り手振り・表情・視線もわからないので 読み進めるのが苦痛です。現場でも発言の解釈が話し手と聞き手の間でズレていることが多く余計に混乱します。ただし、普段知ることがないビートルズ創作の現場を覗き見できることは至上の喜びです。そのモチベーションで何とか読み切れました。

 

正しく解釈できているか不安

この日本語版完成までに多くの人の編集を経てきていることはあきらかです。シーンの選定→書き起こし(話者と発言内容の特定)→文章の編集→日本語訳。今回たまたま、掲載されているシーンの音声を1つ聴くことができましたが、掲載内容は随分省略されていることがわかりました。 わかりやすくする意図だと思いますが、当時の現場の雰囲気が改変されている可能性があります。『Let It Be... Naked』のブックレットに記載ある会話の書き起こしと同じシーンがいくつか掲載されていましたが両者で話者や会話の順番が異なります。『Let It Be... Naked』の方が創作の可能性が高く、さすがに今回はありのままにしていると思いますが不安になりました。今回も話者の特定を間違っている可能性は充分にあります(映像版『Get Back』予告編でも実際にあった)。

さらに深刻なのは日本語訳で、半世紀前のロンドンのスタジオの雰囲気を体感しているはずのない現代の日本人が、当時の彼らの会話を正確に訳せているか疑問です。見えない前提や流行に気づかずニュアンスを表現しきれなかったり、皮肉や反語を逆の意味で訳していることもあるでしょう。とくにわかりにくいのはメロディに乗せて話している/歌っている部分で、そこも何とか訳していますがまったく頭に入ってきません。少人数でかしこまって議論しているシーンは比較的理解しやすかったですが(話者も周囲に納得させようと話しているので)、全体的に読者は自分が正しく解釈できていない前提で読んでいった方が良いと思います。

 

肝心なところが説明不足

ゲット・バック・セッションの大きなポイントであるジョージの脱退と復帰、ルーフトップ・コンサートの決行について、肝心なところが説明不足です。ジョージ脱退の瞬間はその会話が収録されておりこの本のハイライトと言えますが、復帰に至る交渉内容が不明です。今回のプロジェクトの主目的だったライブ開催については場所がなかなか決まらず、議論の過程が詳細に掲載されていますが、ルーフトップに決まった経緯がわかりません。録音テープからの書き起こしなのでテープに存在しないものはどうしようも無いのですが、もっと考察や推測を記載しても良かったと思います。まあ、これは想像力をかきたてるために狙ってそうした可能性もありますが。

追記:映像版では丁寧にこれらの点が補完されています。くわしくは→こちら

 

登場人物の印象

前述の通り、僕の解釈は間違っている可能性がありますが、読み終えた生の実感として登場人物の印象をまとめておきます。

ジョン・レノン

想像よりビートルズやメンバーに対して協力的。音楽家としての実力が他のメンバーに追いつかれて求心力を失っている。その穴埋めか人事面でリーダーとしての存在感を出そうとしており、ビリー・プレストン加入時はホストとして場を仕切り、アラン・クラインのスカウトにも積極的。アラン・クラインを評する際にマジック・アレックスを引き合いに出しており、なるほどこの出会いは避けるべきだったと納得。

ポール・マッカートニー

ビートルズおたく。この四人での活動にこだわり、 過去のビートルズあるあるを頻繁に出して仲間意識を刺激しようとしている。みんなで一丸となってプロジェクトを進めたいが自分が動かないと何も始まらないことに戸惑っている。常に熱っぽく語るが少々くどい。情熱の表れか。

ジョージ・ハリスン

末っ子キャラから脱却して発言力を高めようとしているのか、提案や批評がメンバーの中で一番多い。とはいえ自分も周りもジョージがリーダーになれるとは思っていないため、同じ立場のポールとの軋轢は必至。最先端の音楽の吸収に貪欲で、その結果自身やビートルズのライブ演奏能力に危機感を感じていたのではないか。

リンゴ・スター

バンドでの演奏が好きなので、前プロジェクト『The Beatles』(ホワイトアルバム)と違って常に四人一緒で演奏する本プロジェクトには満足していると思われる。そのため後ろ向きな発言は少なく淡々と職務を遂行している。だが、めんどくさいことは断固拒否。この時期は作曲に意欲的なのが印象的。

ビリー・プレストン

ゲストということもあって積極的に発言することは無いが、言葉の端々に自信と野心を感じる。

マイケル・リンジー=ホッグ

 映画監督だが実質的に本プロジェクト全体の監督。なんとかプロジェクトを成功させようとメンバーをなだめすかして議論を前に進めようとしているがあまりうまくいっていない。そのうっぷんが映画『Let It Be』の作風に影響している?

グリン・ジョンズ

 雇われエンジニアを自認しており、メンバーに気持ちよく演奏してもらおうと気を使っている。そのため基本的にはイエスマンだが、アラン・クラインについてはジョンに果敢に警告しているのが印象的。ここでジョンが聞き入れていれば・・・

ジョージ・マーティン

自分の活躍する場が見いだせずグリン・ジョンズに丸投げして我関せずという感じ。内心本プロジェクトの失敗を期待していたのかも?

オノ・ヨーコ

積極的に発言するがどれも批判的・嘲笑的でビートルズのためになっているとは思えない。読んでいてイラっとする。ただ意外にも皆ヨーコの発言を尊重している。ジョンに忖度してのことか。

リンダ・イーストマン

この時期既にビートルズのプロジェクトに発言権があることが意外。しかも皆それなりに発言を尊重している。ポールに忖度してのことか。

マル・エヴァンスなどアップルのスタッフ

あうんの呼吸で従順に任務を遂行する。みな大人。

ブライアン・エプスタイン

1年半前に亡くなっているが、それがビートルズ迷走のきっかけになり以降ポールが主導するようになったという後世の評価通りの事をビートルズ自身が当時発言していて驚かされる。というより、この発言が後世の評価の根拠になっている?

 

 提案:電子書籍化、音声公開、解説本の発売

第一印象でも投稿しましたが、この書籍は電子書籍化するべきです。何度も最初から読み返す本では無く、後から気になった箇所を振り返る読み方になるはずなので電子書籍の検索機能が欠かせません。また、当時の雰囲気をできるだけ直接感じるために書き起こし元の音声の公開を希望します。これは有志の誰かがやってくれるかもしれません。ここまでしても解釈に苦労するはずなので有識者による解説本が複数出て議論が活発になれば良いなと思います(源氏物語みたく)。

 

まとめ:継続的な認識のアップデートが必要

壁のハエになった気分で当時の会話を知って楽しむだけなら良いのですが、この書籍からビートルズに対してなんらかの判断を下そうとするなら、これから配信される映像版含め様々な資料や論説に触れて認識を常に最新化することをお勧めします。仲間内で輪読するのも良いでしょう。公式商品とはいえビートルズの専門分野(音あるいは映像)では無いので慎重な扱いが必要と思います。

 最後に、本書でもっとも印象に残った一言を引用して終わります。

(ポールに)なあ……昨日の夜、オレの夢を見なかったか?
    ----ジョン・レノン 1969年1月26日 

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