レビュー:『ザ・ビートルズ:Get Back』Part 1 筋書があるかのような展開

11月25日からディズニープラスで配信開始された 『ザ・ビートルズ:Get Back』の第1話「Part 1」を見たので感想を完全ネタバレでまとめます。

配信開始当日は「スペシャル・エディション最速プレミア上映会」に参加していたので(レポートは→こちら)翌日の視聴になりました。なお、僕は映画『Let It Be』を未視聴なので新旧比較した感想は含まれません。


ピーター・ジャクソン監督の演出

半世紀前の映像/音声素材を元にどのように料理するか興味津々でした。2016年の映画『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK The Touring Years』でもそうだったように、ドキュメンタリーでは現代の関係者のインタビュー映像を挿入してストーリーをつむぐのが定番ですが、今回はそれを行っていません。

「体験型エンターテインメント」とうたっている通り、1969年1月にタイムスリップしてビートルズの創作現場をのぞき見する主旨なので、頻繁に過去と現在を行ったり来たりすることを避けたかったようです。また、同じ主旨で音声ナレーションもありません。そのため説明は字幕や写真/映像のカットインにより行われますが、例えばNHKのドキュメンタリーのような頻繁さは無く、ごく抑えられているので理解が難しいシーンもあります。

今回、カレンダーを消し込んで行って一日ずつ振り返るという手法を採ることで進行にメリハリがついたため、そのコンセプト(1969年に行ったっきり)が成立したのだと思います。 

オープニングはビートルズ史

オープニングは例外的にゲット・バック・セッションに至るビートルズの歴史を映像をちりばめて解説していました。ビートルズ初心者向けの配慮もあるでしょうが、ビートルズがライブ活動を止めるに至った経緯をしっかり理解しておくとこれからの展開がわかりやすくなるということだと思います。

その意味では前述の 『EIGHT DAYS A WEEK』の続編と考えることができそうです。そういえば『EIGHT DAYS A WEEK』は最後ルーフトップ・コンサートの映像で終わっていました。

今回のオープニング映像を見て気になったのは、ビートルズの映像素材の管理です。『EIGHT DAYS A WEEK』では素材のブラッシュアップや発掘が行われていますが、それを使用していないように見えました。ではオリジナル素材をそのまま使っているかと思えば「Our World」の「All You Need Is Love」の映像は1990年代のアンソロジープロジェクトでカラー着色されたものを使用していました。

アップル・コアには是非最高品質の素材を定義して今後も活用してほしいと思います。

映像の捻出に苦慮した様子

前述のような演出上の制約のある中、ピーター・ジャクソン監督は映像の捻出に苦労したと想像されます。いくら約60時間の映像があるとしても音声はその倍以上の150時間超あって、映像が存在しないシーンの方が多いです。

その映像もカメラはルーフトップ・コンサートを除いて2台程度しか無かったようで、ただでさえ退屈になりがちなドキュメンタリーなのに絵が単調になってしまう恐れがあります。

映像と音声は必ずしも合っていない

この問題に監督は映像を細切れにしてつなぎ合わせたり、映像のスピードを遅くして音声と違和感なく共存させようとしていました。流れている音声に対応する映像では無い箇所があるということです。

あまりに映像が足りないがどうしても音声を使用したい箇所があったようで、それらのシーンは映像がちょっと見づらいなと感じるところもありました。静止画でも良かったかもしれません。逆に、映像が充分に存在するために内容的には重要で無いシーンもあえて使用していそうです。ずっと細切れでは見ていて疲れますので。

Part 1はジョージ・ハリスン脱退という大事件で終わるのでエンディングに不安は無かったでしょうが、中盤の中だるみを解消するためか「Rock And Roll Music」でビートルズ日本公演の映像とゲット・バック・セッションの映像を対比させる演出が異例でした。

BASSMANステッカー

ゲット・バック・セッションではポール・マッカートニーが自身のヘフナーバイオリンベースに「BASSMAN」というステッカーを貼っていることで有名ですが、撮影開始当初はまだ貼っていません(BASSMANステッカーについてくわしくは→こちら)。

このステッカーがベースアンプに貼ってある映像が画面に大写しになることに驚きました。撮影初日のことです。後日の別の映像でもアンプに貼ってある様子が写されているので、もしかしたら撮影スタッフの提案でベースに貼り付けたのかもしれません。

創作過程

ビートルズの楽曲の創作過程が見られることが本作の大きな売りです。ポールの奮闘ぶりが印象的で、セッション開始時点で彼自身の曲のストックは非常に多かったようですが、ライブ向けに簡単に覚えられる曲をひねり出そうとベースをギターのようにかき鳴らしながら鼻歌が次第に「Get Back」に形作られていく様子が圧巻です。

それを見ていたジョージやリンゴ・スターも最初は退屈そうにしていましたが途中から「これは名曲の予感」と興奮している様子が伺えます。何度も試行してみなが良く知る「Get Back」に収束したころに、画面に「GET BACK  LENNON / McCARTNEY」と曲名が表示される演出が最高です。Get Backのこの演出がしたいがために演奏曲名を画面に表示するようにしたのかも?と思うくらいです。

ビートルズの強みは編曲

正式リリースではボツになったアレンジを試すシーンも頻繁に登場します。アイデアを出して先導するのはいつもポールでどんどん試行しますが、正直ハズしているアイデアも多いと感じました。そこをジョージやジョン・レノンが批評して軌道修正している印象です。

これが各メンバーのソロ作品に比べてビートルズの楽曲が圧倒的に完成されている(この結果しかありえないと納得できる)理由の一つだと思いました。ときおりジョンが直感的に述べたイメージが正解となることも印象的でした(「Don't Let Me Down」にピアノ、「I Me Mine」にオルガン、など)。

 ただ、この創作スタイルが前作『The Beatles』(ホワイトアルバム)以前からそうだったのか、前作からの反動であえてかなり初期段階から共同作業することにしたのか、が気になりました。あまりに初期段階から相談しているように見えたので。現代ならもっとプリプロダクションが済んだ状態で持ってくると思います。

コミュニケーション手法

 初期段階から歌詞・メロディ・アレンジを相談するので、コミュニケーション手法に工夫が必要なはずですが、その点が不足しているように感じました。よく「ビートルズは楽譜が読めない」と言われますがその通りのようで、紙で登場するのは歌詞だけのようです。それもメンバー間やスタッフによる口述筆記で各自書き留めています。ジョンがポールの歌詞を書き留めるのは胸熱ですが非効率すぎます。

記憶頼りのイメージ統一

楽譜とまでいかなくても小節線で区切ってコードを書くだけも全然違ってくると思います。歌詞のメモにコードを書くことは当時もやっていたようですが、定番化はしていなかった印象です。

Part 1終盤でビートルズの楽曲の楽譜について語っていましたが、ビートルズの手元に楽譜が常備されていればライブ用に過去の曲を引っ張り出してくることも容易だったはずで、ゲット・バック・セッションの結末は変わっていたかもしれません。

その結果、互いのイメージが相手に的確に伝わらずストレスになっていた様子が画面からも伝わってきます。 現代であればイメージの共有は離れていても一瞬で様々な手法で可能ですので恵まれていると思います。バンドと言う小規模な芸術集団こそITを活用すべきと感じます。

映像中に「覚える」という言葉が頻繁に登場しますが、記憶に頼っているのは大変だったと思います。とはいえ、過去の事を忘れて次に進むという原動力になっていた側面もあると思うので難しいです。

ポールVSジョージ

楽曲に対する明確なビジョンを持っているポールですが、それを人に伝えるのが苦手に見えます。 コミュニケーション手法が限られている中それは深刻です。

ドラムは擬音で表現できるので対応力の高いリンゴなら問題ありませんが、ギターについて語る文法が不足している感があり、ジョージやジョンの頭に?マークが浮かんでいるようです。ポールからすると「なんでわかってくれない!?」とイライラすることになります。

ジョージの立ち回り

ジョージもそういう様子が見えているはずなので、寛大になることで精神的に優位に立てるはずですが、逐一ポールにつっかかります。ここはジョージがよくないと思いました。イライラしている人に批判的なことを言っても火に油を注ぐだけです。ただ、ジョージも「自分はもっと評価されるべきだ」とフラストレーションが溜まっていて我慢できなかったのかなと思います。

『Let It Be』でも使用された印象的なジョージの「言われた通りにする」発言は今回も使用されていますが、そこに至る過程も合わせて見るとそこまで衝撃的には感じませんでした。ジョージがキレたというより、ポールに対する嫌味に見えました。

「Two Of Us」について連日揉めている様子が出てきますが、その時点でアレンジを試みていたロックバージョンではなく、アコースティックバージョンでリリースされることになった(それが正解だと判断した)ので、この時点でもっとポールはジョージの意見を尊重すべきだったと思います。

ジョン、しっかり!

結局、その状況は改善せずジョージはバンドを辞めると宣言して出て行ってしまいます。その後、ジョンがポールとリンゴの肩を抱いて慰め合っているシーンに驚きました。

ビートルズに興味を無くしているように見えるジョンもビートルズを愛していたと感じさせました。 であれば、この状況を回避できたのはジョンだけだったはずなのでもう少しリーダーシップを発揮して欲しかったところです。少なくともこのセッションについてはジョンは明らかに準備不足で引け目があったのかもしれません。

オノ・ヨーコ 

書籍版『ザ・ビートルズ:Get Back』を読むとヨーコがプロジェクトに対して積極的に意見していたことがわかりますが、本作ではまったく発言シーンがありません(あっても何かに返事する程度)。これは、オノ・ヨーコを悪者にしたくないという配慮かもしれません。

大々的に登場するのはジョージ脱退後のフラストレーション発散のために行われたアバンギャルドなセッションで奇声を上げるシーンです。混乱と混沌の象徴として登場するわけで、ピーター・ジャクソン監督のヨーコ観を垣間見た気がしました。

第2話 Part 2についての感想は→こちら


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